ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2392, 人生で出会いしもの
お腹が空いているときに見ず知らずの人から食べ物をもらうのは
とても有難いことです。しかし同時にそれは、一種の負い目にもなる。
何かお返しをしなければならないだろうという気持ちになるからです。
常識的な考え方にとらわれると、そういう負い目を負いたくないから、
他人からの親切を心ならずも断ってしまう。
でも彼女の場合は、そんなギブ・アンド・テイクの世界を最初から超越していて、
袖すり合うも他生の縁で、みんな仲良くすればいい、というような天真欄漫としたと
ころがあった。だから、何のわだかまりもなく、気がついたら自然と会話が
進んでいたんですよ。人間には2通りのタイプがあって、
物事の暗い面を見る人もいれば、明るい面を見る人もいます。
見ずしらずの人を警戒するタイプもいる。・・・・
天真燗漫で人間に対する信頼を決して疑わない生き方に、
私は生命力と命の輝きを見る思いだった。
ーーーーー
最終の学校時代に出会った人が最適の人と出会う確率が高いというから、
彼は彼なりに最高の人と出会ったのだろう。
ババ━━━( ´ _っ`)ノシ━━━イッ!!!
・・・・・・・・
2006年10月21日(土)
2027, 「私」のための現代思想 −14
おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・
ーこの章の一番のポイントは次の部分であるー
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
それでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。
また、構築されていた《私》も消滅しません。
ーー
何度も何度も、この部分を考えてみた。
納得できるような、釈然としないような深い内容である。
《私》が死なないのは、ソクラテスの《私》がプラトンによって記録されて、
永遠に生きていることをみても解ることだ。
《私》は消滅しないということが哲学的にみて正しいとすれば
「いま生きている瞬間」を全てを丁寧に、そして人生そのものを、
あらためて考え直さなければならない。
{<私>と《私》は消滅しない}という言葉を「超越確実言明」としていれば、
過去の人生は変わっていた!
「死んでしまえば、それまでよ!」を{超越確実言明」としてきたが、
そうではないということだ。
ブログなどで自分を語り、公開する時代なら尚のこと顕わになる。
その意味で、この本は難しい内容だが、根本から人生観を考えさせられる。
「私」のことだから、根本問題である。<身体>が消滅しても、<私>と《私》は
消滅しないというカルトみたいなことが論理的にもいえるとは・・・
もう一度、本当に納得できるものか振り返ってみたが、矛盾は無い。
<身体>も<私>も《私》を大事にしなくては!
ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −B
ー 正しく死ぬ・正しく生きる ー
*<私>は「死」によっては消滅しない*
「《私》は、<他者>によって引き受けられている」
<身体>が消滅しても、<私>は存在しつづける。 決してカルトではない。
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
しかしそれでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。
また、構築されていた《私》も消滅しません。
さらには、<声>によって共振することはできないものの、<他者>も消滅しません。
<身体>が無くなり、「声」への応答がなくなったことによって、<他者>は
直接的に「糧」を得ようと《私》や<私>に接近し、それによって、<他者>が
共振を受け取ることができます。
一方、死によって発生するのは、「もはや『糧』を得ることのできない私」であり、
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10月21日(日)
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