ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2345.エーゲ 永遠回帰の海ー1
と言ったという。・・・と、こんな風な話があった。
日本では「首切り浅右衛門」が有名である。
事実は、小説より奇なり!である。
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298の項目からなる書の中から、
印象的な項目を抜粋してみる。
38、1579年8月6日
ハンス・ビューヒュナー、ーファレンバッハ出身。
ゲオルク・ガーブラー、ー シェーンフェルト出身。
ミュッヘル・ディーテリヒ、
ーベルニッツウィン出身、別名・辺境伯。
三名とも泥棒。 打ち首の上、車裂きにした。
哀れなのは辺境伯の妻。哀れな引き回しの罪人を見ようとして、
その中に自分の夫を見てとった。彼女は夫の首っ玉に抱きついて、
口付けをした。自分の夫が捕らわれ、
そのような一味であったのを知らなかったのだ。
ーこれを読んでいると、数百年前の欧州の片田舎で起こった悲劇が
目に浮かんでくる。大悪人の処刑を見ようとしたら、まさか自分の夫とは!
立場が一瞬にして大逆転をしてしまった悲劇は、ドラマのようである。
82、1584年7月7日
バイエルシュタインの妻アンナ、ニュルンベルク市出身、
別名モーザー・アンネラ。彼女は夫ある身なのに、いかけ屋という名の
父親や息子といかがわしい行為に耽った。
そのほか同じように妻ある男や若い職人たち21人といかがわしい関係を持ち、
彼女の夫がそれを助けた。その件で立ったまま打ち首の刑に処した。
その夫はムチ打ちの刑を受けた。
彼は聖ペトロ教会の彼女の墓近くの石塀に、白墨で次の文句を書きつけた。
相手の親父も息子も、女房と同じ目にあわせてくれ。
とりもちの男にもそうしてやれ。
あの世に皇帝と王様を呼び出して、いかなる処刑も行われないよう
訴えてやる。私、哀れな夫は罪もないのにここに居合わせた。
さらば、お休み。
ーこの夫の嘆き、無念の文ーこころを処刑人が書き取っていたのも、
何かドラマ仕立てである。 女房は打ち首、自分はムチ打ちの刑。
それに引き換え、相手の男達は何も罰せられない矛盾を嘆いている。
87、11月17日
フライの妻アンナ、ニュルンベルぐの織物縫い工の妻。
彼女は以前、夫があったが、アムプロジウスと称する刀鍛冶職人との間に
子供を生んだ。この子は二歳の男児であったが、彼女は修道院近くの泉に
この子を投げ込み、溺死させた。
その後、彼女は穴牢獄に入れられたが、当地にて打ち首の刑に処された。
ー次も、幾つかの日記を書き写してみる。
つづく
(。・ω・)ノ☆゜+.バイ!
・・・・・・・・
2005年09月04日(日)
1615, アメリカインディアンの教え −3
「死ぬことが人生の終わりでない
インディアンの生きかた方」
著者・加藤諦三
加藤諦三とは懐かしい名前である。
20歳代の頃、よく彼の本を読んだ。
心が休まる内容だったことを憶えている。
現在は「心の癒し」系の本は多いが、当時は殆ど見当たらなかった。
癒し系の日本の先がけだった。
心理学系の先生で、理づめであったためか、解りやすく納得のいく内容であった。
彼の本を手に取るのは三十数年ぶりだが、履歴をみるとその後も
多くの著書を出しつづけていた。
彼はこれまでも、「インディアンの教え」のシリーズも何冊か書いている。
(このHPでも、過去に二回インディアンの教えについて書いている。)
この本の構成は、
アメリカインディアンにとっての
・生きるということ、
・死ぬということ、
・自然という存在
の3章になっていて、
それぞれアメリカインディアンの根底に流れる哲学に関して記述されている。
冒頭に
「死ぬことが人生の終わりでないインディアンの生きかた7か条の教え」が
書かれていたが、心に沁みてくる。
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09月04日(火)
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