ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2339, 意志について
意志の弱い人である。ここまではスムーズに話が進む。

だが、両親の涙ながらの懇願にも、警察の説得にも耳をかさず、子供を殺してしまう
誘拐犯は意志の強い人だろうか?「そうだ、俺は間違っていた」
と反省して子供を返す人は意志の弱い人だろうか?
こう問うと、違和感があることがわかるであろう。
つまり、意志ははじめから「善いもの」とされており、その限り、
どんなに脅迫されても意志を変えない人、どんな窮地に陥っても意志を貫く人、
が世間では賞賛される。
だから、みなそういう善い強い意志が自らの「うち」にあるかのように思い込んで、
がんぼろうと励むのである。 だが、こういうことは反社会的である。
みんな一致団結して、意志という捏造物を(半信半疑であるからこそ)
必死に守ろうと誓い合っているときに、 哲学者という「ならず者」は
「それはフィクションですよ、そこには勝手な取り決め以上のものはありませんよ」
というのだから。社会がガラガラ崩れてしまうなどなんともない、
所詮「ならず者」なのだからしかたない。
だから、世間はーまことに賢いことに-太古の昔から、哲学者を殺したり、礫にしたり、
追放したり、精神病棟に閉じ込めたりして、社会の安寧を守ってきた

ーーーー
そういうこと! 哲学など徹底的に割り切って鳥瞰していないと、
社会を混乱させるに過ぎないだけである。
                   ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・・
2006年08月29日(火)
1974, 東京駅の一瞬の出来事!
Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・時差ぼけ!

    ケニア旅行の帰路、最終の新幹線に間に合わないので日暮里に泊まった。
    翌朝、東京駅の新幹線改札口の近くに行ったところ、
    突如顔色を変えた黒服の背広の10人位が走ってきて通行をストップした。
    一瞬、テロ爆弾の予告電話が入り閉鎖を始めたのかと思った。
    しかし、その直後冷静にみると何か違う。
黒服の男達は改札口の両側にロープを張って、その中に人を入れないようにしている。
「はは~、超ビップの新幹線の乗り込みのための警戒のための何か?」と直感。
逃げかけた家内を呼び止め「超ビッグのための警戒。面白そう見てみよう!」
    次の瞬間に、カメラを出してと、家内がいう。
    近くにいた人がやはり携帯電話のカメラを出した。
    私も一瞬迷ったが、バックにデジタルカメラを有ることを思い出した。
    そのときは、皇室??を忘れて写真を撮っていた。
近くのSPが嫌な顔をしたのが一瞬わかった。
それをさせないのが、SPの技術のなのだろう。
そして、一枚撮って、その後ビデオに切り替えた。
しかし、それは写って無かった。東京駅では日常だろうが・・
    天皇・皇后様が新幹線に乗るときの状況を直に見るのも面白い。
    新幹線に乗るときに数分間の一瞬の間しか交通止めしかできない。
    もし閉鎖で乗り遅れたら、国民の反感を間違いなく受ける。
    我われの目線は天皇であろうが、何であろうが同じである。
                     \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・
2005年08月29日(月)
1609, 愛とは何か −1

この歳になって、いまさら「愛とは何か」でもないが、
この年齢でなればこそ、愛が人間の心の背骨と実感する。
ある愛の定義が納得のいくものである。
「愛は、自分自身や他者に対して
 共感的にあるがままに受け入れることと 尊重することである」
これから考えてみると、愛することとは、自分を自分として、
他人を他人として受け入れることになる。
まずは自分と他人を尊重することである。他人を愛するということは、
よかれと思い、その道を一緒に探し求めることである。
判断や批判なしに受け入れることが、愛の第一歩である。

飯田史彦著「愛の論理」の「愛」の定義が面白い。
その一部を抜粋してみると、
ー愛の定義 p.334


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08月29日(水)
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