ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2338, ホッファー −4
エリックに大きなトラを、そしてリリーにはお盆。25ドルばかりかかった。
昼、株価のひどい暴落を告げる新聞の見出しに気づいた。大変愉快になった。
ずいぶん意地の悪い見方だが、私がほくそえむにはそれなりの理由があった。
株価の上昇はしばしば物価一般の上昇を意味してきた。
賃金や預金の実質価格の低下は数千人のギャンブラーたちの破産よりも
影響が大きく、不幸な災難となるのである>
ーこれ以上、落ちようがない立場の真骨頂であるがー
<自由に適さない人々、自由であってもたいしたことのできぬ人々、
そうした人々が権力を渇望するということが重要な点である。
・・・ もしもヒトラーが才能と真の芸術家の気質を持っていたなら、
もしもスターリンが一流の理論家になる能力を持っていたなら、
もしもナポレオンが偉大な詩人あるいは哲学者の資質をもっていたなら、
彼らは絶対的な権力にすべてを焼きつくすような欲望をいだかなかっただろう。
・・・自由という大気の中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は
権力を渇望する> −権力って最高の自由って見方は出来ないのか?−
彼が愛読したモンテーニュの「エセー」の言葉
<ベッドで死ぬよりも馬の背で死ぬべきだと思う。
自分の家を去り、縁者たちから遠く離れて死ぬべきだと思う。
友人たちと愉快に生きよう。しかし、死ぬときは見知らぬ人々の中で死のう>
ーこれに向かって生きたのがホッファーである。
孤独を守るこそ人生の核心である。言葉では幾らでも言える。
しかし、彼は人生を通して彼は守り通したところに彼の生き方があるー
○´・ω・]ノ ヂャァネッ !
・・・・・・・・・
2006年08月28日(月)
1973, 三回目のケニヤ旅行 −1
ケニアに行ってきた。
家に着いてまだ二時間だが、現実に帰る前に書いている。
これでタンザニアに行った時に通過したことも含めて4回目になる。
旅行をしていて気づいたことは、三回で充分。
タンザニアのセレンゲッテーか、南アフリカのオカバンゴにすべきであった。
といってもケニアの大地は、そこにいるだけでも精気を充電でき、
バカンスとしては十分に満足できた。
今回のハイライトを印象度から書いてみると
@まず初日のサンブルのサファリでみた、豹のペアリングである。
これは、プロのカメラマンでも、ほぼ見ることが出来ないもの。
これだけでも、今回の元をとってしまったといってよい。
(しかし、初日に何枚か撮った写真を間違えて全て消去してしまった。)
仲間内のSDカードをコピーしてもらったので、何とか・・・
Aマサイ・マラの夕景も良かった。
あとで写真を掲載するが、マサイの夕陽は何ともいえない哀愁がある。
そういえば以前のヌーの河渡りのウォッチングの帰り道の夕景の
小高い丘の光景を思い出した。
一匹取り残された足の折れたヌーが怯えて、神経質に周りを見渡していた姿。
夕景は死の間近を暗示、 足の折れた姿は病気を、一匹取り残された姿は孤独を、
人間の死期を悟った時の心象風景そのものである。
夕陽の赤に近いオレンジ色は、朝日の色にも似ている。
死と生は酷似しているのだろう! 今回の夕景は 2~3日うちに掲載予定。
Bいつも感動するのが、ナイロビからマサイマラに向かう
道路からみる大地講帯の広大な風景である。
それも、どんどん変わっていく風景が素晴らしい。
これも見ているだけでも心が洗われる。
Cアバーディアのサファリで見た、小さな川での二匹の象の水場での争いも
印象的であった。一匹の象が水を飲んでいるのを後できた象が待機していた。
やおら飲み終えて帰ろうとしたのを見はらかって、
待機をしていた象が歩き出した姿を見て、帰るのを止めて後ずさりをして
その象を頭で押し返してしまった。さらにその河水飲み場に糞をして嫌がらせをした。
何か人間の浅ましい姿に似ていた。
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08月28日(火)
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