ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2310, また地震!どうなっている?まったく!− 9
「車の上にカヌーを乗せて東京の自宅から来たい」という。
天気予報では豪雨注意報が出ていたので「カヌーなど絶対に無理」と言ったが、
それでも車の上にカヌーを乗せてやってきた。
「出来ないとしても、帰りの道すがら何処かの河で浮かばせるから!」
という。好きな人はそういうものだ。
天気予報では豪雨、絶対にこんな時にカヌーなど不可能と、
服装などの準備は全くしていなかった。
一昨日の29日の朝、どういうわけか打って変わった穏やかな天候になった。
(前夜半はかなり降ったようだが)
前回にMさんが来て、一緒に飛行場周辺を見て回った時に、
阿賀野川の河口がカヌーの最適の場所と目を付けていた。
当日そこに行ってみると、数日の豪雨のため河は溢れていた。
しかし、Mさん「平気で大丈夫です、乗りましょう」という。
この玩具みたいなカヌーでこの数百m、
いや1キロ以上?もある河口を乗りまわるなど、
とんでもないと思ったが、
本人は「平気、平気、何でもないですよ」という。
そして、ドンドンカヌーを組み立て始めた。 (o_o ;)
岸沿いを漕ぐのかと思いきや、どんどん河の真ん中の主流に出て、
そして対岸まで行ったしまった。 \(゜ロ\)
当然この満水の中、他のボートは1隻も見当たらない。
沿岸にはモーター・ボートが20艘ほどあったが、この洪水一歩手前の中、
誰も乗るはずがない。 ヽ(///>_<;////)ノ
始めは少し恐怖があったが乗っているうちに、恐ろしさが全くなくなってきた。
地元の人からみたらとんでもことであろうが、それにしても、面白い!
豪雨のため大きな流木が彼方此方流れてくるが、
それを避けながらボートを操るのだ。ふと気づくと2時間近くたっていた。
そして、午後は寺泊の海岸に移動、再びカヌーを浮かべた。
また河とは違ったスリルがある。
風が不意に舞うのと、海流の動きをみながら操る。河とは全く違う面白さがある。
Mさん、「このカヌーあげましょうか」というが、私が乗りこなせるものではない。
丁重にお断りをした。Mさん、ヨット歴をいれると30年は舟に乗っているという。
そりゃそうだろう。あの川幅のある阿賀野川の満水の中、流木を避けながら
ヨットカヌーを乗りこなすには長年の経験が必要だ。
Mさん、その日は遅くなったので急遽、長岡に宿泊。
殿町を深夜まで飲み歩いた。 ( ^^)/▽☆▽\(^^ )
そして、翌日の15時過ぎまで、再び寺泊で、午前・午後にわたりカヌーをして、
16時に東京にある自宅に帰っていった。
やってくる前日、知人の通夜があり、数時間しか寝ないで新潟にきたというから、
凄いエネルギーである。 こういうのも、能力というのだろう。
28日の活性化の会を含めて、この三日間は、刺激的であった。
ー阿賀野川の満水の河渡りは、一生ものの思い出になった!ー
(@´∀`p★)゚*。
・・・・・・・・
2005年07月31日(日)
1580, パンセについて
昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。
その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。
学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。
・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。
むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、
それを示すものである。
ーー
二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、
中庸こそ偉大さがあるということか。
偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。
・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。
自分自身においても、また他人に対しても
ーー
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07月31日(火)
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