ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2188, 宮城まり子 −3
前までいくと料金が書いてあったが、普通の居酒屋の倍近い。
次男も一緒なので、たまには良いだろうと入った。
25坪ほどの店だが居酒屋にしては高級つくりである。
変わっているのは、店の中央に奥の料理場から人ひとりが商品を出せる
空間のある10席位のカウンターがある。(吉野家のカウンターのような・・)

   サラリーマン風の中年男性が4人飲んでいた。
   その入れ替わりに60歳代後半の品の良い旦那様風の人が入ってきた。
   何かのキッカケで話を始めたが、
   上野周辺で『三河屋』という老舗の葬儀関係の商品を扱う旦那という。
           ( ・・)つ―{}@{}@{}-  やきとりどーぞー♪
   「新潟から来て、東京在住の息子と飲んでいる」というと、
   自分の生活圏の文化ー趣味(常磐津・・)とか、町内の話などを
   面白おかしく話してくれた。下町文化の話は聞いていても飽きない。
   二軒目に入った店なので、あまり注文しなかったためか高くはなかった上に
   谷中ならではの雰囲気を充分味わえた。  旦_(。-_-。)いい仕事してますな〜

ところでJRの日暮里駅駅周辺の居酒屋は、店構えは良いが殆んど外れである。
下町の為か、朝鮮系の店が多い。
宿泊しているホテルに紹介された駅近くの居酒屋に行ったら、
かん酒(前の客が残してアルコールの抜けた酒)を出されたり、
どう計算しても何割か高く後味の悪い思いをしたこともあった。
日暮里界隈というイメージとおりの危ないところもある。
その危なそうなところが面白いのだが!
               バイ ._〆('Д'*⊂⌒`つ
・・・・・・・・・・・・・・  
2005年03月31日(木) 1458, はだしの学者ー西江雅之

以前、図書館から借りた西江雅之の旅行記「花のある遠景」を読んで、
常識をはるかに超えた生き方に驚いてしまった。

世界を乞食のように放浪して、その土地・土地の言語と文化の研究に従事、
50ヵ国の言語を話す。
ハダシの学者といわれるように、目線が現地人になっている。
そのためか、どこの地に行っても誰とでも友人になってしまう。
深い教養があってこそである。

「砂漠で出会った人と、二人で手を取って歩きながら、どちらかが失敗したら
死ぬであろうというギリギリの状況で二月、三月と一緒に過ごしたというような
経験がたくさんある。別れたらもうその人と生涯会えない。
住所を聞こうにも、手紙を書こうにもその人は字が読めないし、書けない。
居所もわからない。
そういう経験を何十回も重ねて・・・・・
そのときの思いは言葉では表現できない。いやしたくない」と、
ときには言葉を重ねないことの大切さを述べている。
無理に言葉に置き換えるという作業が、驚きを別のものにしてしまいがちになる。

「外国の何とか村を紹介した本があって、読むと面白かったりするでしょう。
だけど本当は、その村が面白いんじゃなくて、書いた人が面白いんです。
その人は何とか村を面白がれる力があるんです。
面白がる力があれば、世界中どこでもおもしろい。
実力のない人は、変わったものでないとよく見えないんです。」

以上の言葉から見ても、その言葉の奥行きの深さを充分に知ることができる。
以前読んだ本の概要を紹介してみよう。
 
ーーーー
「花のある遠景」
 西江雅之著 (旺文社文庫)
 副題は「東アフリカの裏町から」である。

アフリカであっても、普段多くの人間は街に住んでいる。
働いてもいるし、食事もするし、酒も飲むが、しかしほぼ働いていない。

この旅行記で出てくる女たちは娼婦である。
彼女らは著者にとっては、性の相手対象ではなく、
キクユ語の先生であり友達である
(著者は、言語学者で文化人類学の研究をしている)。
彼女らは娼婦だからといって、娼婦的な陰鬱さが全く無い。
さわやかさまで感ぜられるほど、さばさばいている。

この本の内容は日本では考えられないことがほとんどだ。

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03月31日(土)
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