ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2189, 「考える」とはどういうことか?
おはよう!♪〜 ヽ(´π`)ノ
ー 読書日記
「近代哲学再考」 竹田青嗣著
ー「ほんとう」とは何か 自由論ー
池田晶子の本の中で、「考える」を多く取り上げ、考察している。
また読書日記でも取り上げた。
「思う」から「考える」へ、どのように変化するかというと、
その対象をまず把握することから始まる。
我われが「悩む」というと、悩んでいる対象を把握していないことにある。
その把握ー情報収集が考える第一歩が始まる。
把握のプロセスから、すでに考えることになる。
「考える」をー検索すると、
「問題の解決や,目標の実現や達成のために,いろいろな経験や知識を
組みあわせながら,新たな構想をさぐっていく精神活動。
すなわち,思いをめぐらし(連想,想像,推理),考え(思考,工夫),
そして決断する(判断)ということである」と定義している。
ひとことで言えば、
「本質の洞察をするための精神活動」ということである。
難しいことを解りやすく整理するのが、私の考える切り口でもある。
池田晶子が子供向きに哲学用語を一切使わない文章などは、一瞬で深い真理に導く。
ーこの著の以下の部分は「考えるとは何か?」を考える上で、なかなか解りやすい!
ーー
「プラトン入門」という本で、わたしは哲学の方法原理を
つぎのように整理しました。
@「物語」を使わずに抽象概念を使用する。
A「原理」を提示する。
Bつねに「一から」(根底)から再始発する。
ー@について、宗教では世界説明をするのに「物語」を使います。
そしてこの簡潔な「物語」を通して、世界はなぜ、どのようにして存在したか、
人間はどういう理由で存在するか、なぜ生きて苦しみ、またその生の意味は何か、
といった自己と世界の存在それ自身についての「問い=謎」に対する答えが、
明快に与えられる。
これに対して「哲学」は、「万物」「原理」「水」といった抽象概念を
用いて世界説明をおこないます。ここで抽象概念とは、「一」「他」「同」
「静」「変化」「不変」「多」「完全」「不完全」「永遠」・・等々の言葉です。
「物語」を排し、「抽象概念」を使うことによって、哲学の世界説明が、
特定の文化や民族や共同体の限界を越えて、誰もがその思考に参加できる
いわば開かれた言語ゲームとなった。
−Aについて、哲学は「概念」を論理的に使用しつつ「原理」を提出する、
というルールで行われる世界説明(人間とは何かを含む)の言語ゲームだ、
といえます。そして、ここでの「原理」という言葉は、本来、
根本的で究極的な「真理」という考え方とは違ったものである。
自然科学の、仮説と実験とを繰り返しつつ理論体系を徐々に整備していく、
という基本方法は、一見、哲学の思弁的方法と異質なものと思える。
しかし、少し注意すれば、科学もまた、「物語」を禁じ手にし、
「抽象概念」を論理的に使用し、「原理」を提出し、さらにすでに
成立した世界説明を神聖化したり、固守したりせず、常に時代の要請に合わせた、
できるだけ深い前提に立ち戻ってもういちど理論を組み立て直す、
という根本原理によって成立していることがわかる。
哲学は、ある多様な現象を、どのような「キーワード」(=原理)で呼べば、
またそれをどう構成すれば、より普遍的な(=広い共通了解を生むような)
説明方式になるか、これが哲学どいう思索方法のもっとも革新的な方法であり、
自然科学はまさしくこの方法を「自然科学」の領域に当てはめ成立したものである。
−Bについて、哲学の重要な点がある。
それは哲学において、先人の説を聖化しないで常により根源的な仕方で、
「一から」考え直そうとすることです。
新しい哲学者は、必ず一度、先人の思考をもっとより深く根底的なものへ、
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04月01日(日)
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