ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2044, 読書週間に読書習慣を考える
ユングやフロイトを読み、実際に不思議な多く体験をして
意識の変容としての夢を冷静にみていたつもりであったが。
まずは、
「自薦エッセイ集 魂の光景」
ー『メタモルフォーゼ』
の章のポイントを書き写してみる。
この著者は深く難しいことを何気なく表現するのがよい。
ジャーナリスト出身だからだろう。
ーーー
"夢の形で何が現れるのか。
少年時代からぼんやりと感じ、30歳代になってかなり意識したのは、
自分の内部に人気のない山奥の古い沼のようなものがあり、
そのエメラルド・グリーンの静まり返った水面下に、自分の体験だけでなく、
両親とその先祖たちの何十代、何百年前にわたる同じ一族としての、同じ民族としての、
同じ人類としての経験だけでなく、哺乳類から爬虫類、両生類、魚類、海中微生物時代の
経験までが、深々と薄暗く沈みこんでいるらしい、ということだった。
そしてたぶん私の場合、他のまともな多くの人たちに比べて、その沼の水面の表面張力、
つまり意識と無意識との境の膜が、極度に薄くって弱いらしい、ということも。
”
ロックフェラー大学のジョナサン・ウィンソン教授の説によると、
夢を見るということは、
「昼間の体験の無数の知覚情報を脳内に蓄えられた長期記憶と照合して、
生存に必要な情報か否かを『海馬』にて選別する作業」であるらしい。
だから、
「夢が常に視覚光景の、しばしばきわめて非論理的な展開の形なのも、
日々の知覚情報と照合される古い脳幹や大脳辺縁系の記憶が、
言語機能発生以前の、言葉を知らない記憶だから、と考えれば納得がゆく」。”
”霊長類の大脳新皮質の異例な進化を促してきたのは、
古い皮質の本能的情動の闇から抜け出ようとする光への憧憬だったのではないか、
とも思えてならない。世界の形と筋道を意味をより広く眺め渡すこと、
とりわけ自分自身を内部から突き動かしている暗い力を意識化することである”
”家庭が貧しすぎて小学校にも行けなかった一女性が、
老年になって自ら読み書きを習って本を読み、
自分でも文章を書くようになってから、こう語ったという。
「夕日がこんなにきれいだとは知りませんでした」”
”解剖学者の養老孟司は、本来全く別々の経路だった
聴覚系の神経機能と
視覚系の神経機能が重なり合った結果として、
人間の言語活動が可能になったのだろう、と推測している。
(「唯脳論」)
・・・つまりわれわれの祖先が言語を欲したからではなく、
後頭葉の第一次視覚野と側頭葉の第一次聴覚野から、それぞれ同心円状に広がる
情報処理の波がちょうどうまくぶつかり合ったところに、視覚性言語中枢と
聴覚性言語中枢が生じた。
この二つの言語中枢は互いに連結しながら、さらに前頭前野の運動性言語中枢と
結びついて、言語の構造化、発語と書字という言語行動が出現した。”
”無時間的なイメージを構成する視覚系と、時間に沿った変化を辿る聴覚・運動系と
いう本来異質な神経経路が、いわば無理に連結されたため、永遠と時間、詩的直観と
物語性、粒子と波動、恋と日常生活といった二項対立から、われわれの言語的思考は
容易には逃れられない。”
”神経細胞が脳の中で互いにつながりあうことによって、お互い同士が末梢になり合う。
互いの連結を複雑にすれば、抹消がより増えたことになる。
そのような神経細胞同士の「刺激し合い」―そこから意識が発生したのだ、
と解剖学者は言う。言語も思考も精神もこころも自我も、
脳が自分自身を維持してゆくための「自慰行為」に他ならない、と。”
”「自慰行為」の洗練と強化によって、われわれの脳は複雑になり大きくなった。
だが分娩のさいの産道の大きさという骨格的制約がある。
そこで脳が選択した
二つの戦略
第一に早産させる。
第二にまず書物、ついでコンピューターという形の、
いわば体外脳をふやす。”
”遺伝子という不気味な物質、脳という薄気味悪い有機体、
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11月07日(火)
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