ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1947, ローマから日本が見えるー18
激変にあわせてより大きく変身しなくては何の意味も無い。

激変の時は、真似をしていては変化に追いつかない。
自らの脳で考えなくてはならない。

組織内では、とにかく配転しか能力をのばすことが出来ない。
出世コースは配転を繰り返し、キャリアを重ねさせる。
本人にとって重圧かもしれないが、行蔵として蓄積される。

変化は結果として竹の節のように自らを支える役割も果たす。
そのため、節は打たなくてはならない。

世界が、日本が大きな節目にきている。
情報化が根こそぎ世界を変えようとしている。

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2004年08月02日(月)
1217, 広松渉ー哲学について-25


広松渉の「新哲学入門」を読んで非常に難しいが、
今までの常識が、根底から崩されてしまった。
その後、「哲学入門一歩前」を取り寄せて読んだが、
むしろ「新哲学入門」のあとで読んでよかった。

広松渉は「もの」から「こと」の世界へのパラダイムチェンジを主張した。
「物的世界像」から「事的世界像」への転換である。

・旧来の世界像は
「世界、存在界をモノから成り立っているとみなす。
 まず独立に存在する実体があって、それら実体が諸々の性格持って
 お互いに関係する」
・これにたいして、「『事的世界像』は、関係規定態こそ第一次存在とみる。
 実体は、関係規定性の存在論的には独立自存体ではない。
 要するに関係があってこそ、存在がある」と考えた。

 広松は、日常意識で当たり前と思ってきたことを疑い、それは根底から違うという。
彼は近代哲学者が思索を重ねてきた疑い得ない「基盤」を、根底から崩そうとする。

「私たちが見ている現象が果たして真実なのだろうか。
 善悪の判断基準は何なのだろうか。
 美しいと思い込んでいるだけではないだろうか。
 等、今まで信じられてきた『真・善・美』とは、果たして何だ?」

今の時代は、幸福とか消費を基本的に、「もの」の充実とか消費だけでなく、
フィーリングとかサービスとかいう価値観でもとらえている。
別荘を持つことより、リゾートホテルの会員権を持つ時代である。
家を建てるより、旅行をしてまわるほうに価値をおく時代である。
そのサービスとかフィーリングに生活に必要なものと認知してしまっている。
この情報化の社会では、ますます広松哲学を知っておくべきである。

実際のところ、次代から次次代のTVは、実際の生の目でみた対象より
鮮明に映し出すという。カメラでは、その域に到達しているというが。

こういう時代には、近代哲学者がたてた哲学を根本から考え直さなくては
ならない時代になっている。
それが「事的世界像」への転換というのだ。
                       つづく
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2003年08月02日(土)
850, ミッション・ステートメントー自分の憲法

ー原案ー

・死ぬ時に、「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
 恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」と心から感謝できる
 人生を生きる。

・自分が自分の人生の創り手であることを認識し、自分だけの役割を果す。

・いついかなるときも、「積極的な姿勢とユーモアと誠実さ」を保つこと。

・私の隠された能力は人を癒すことだ、その能力をより磨きをかけることで 
 社会と周囲の人に貢献していく。

・何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って気楽に変化を
 受け止めていく人間になる。
 また何事も「一期一会」と真摯に向き合う。

・心の声に従って自分の価値観や信念によって行動する。
 それに対する批判・悪口は全く無視する。
 
・子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」と
 自信を持っていってもらえる人間になるー人生を送る。
 子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところにやって来てくれる
 ような人間になる。

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08月02日(水)
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