ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1859, 体罰は教育?
 行動はすべて脳幹から発信して示される。

 現代の特性として子供たちの脳幹そのものがひ弱なものになってしまっているのだ。
 原因は現代社会の豊穣さと平和がもたらした安逸であって、貧困と欠乏は人間に我慢を、
 強い不安は緊張をもたらすが、それが淘汰されてしまうと、人間は安逸の内に自堕落となり
 こらえ性を失い安易な衝動に容易に身をまかせてしまう。

 暑いといえば冷房、寒いといえば暖房、お腹が空いたと訴えれば容易に間食をあてがわれる
 子育てでは子供の脳幹は安易に放置されるまま動物としての耐性を備えることが出来はしない。
 それは同じような環境で育てられてきて耐性を欠いた当節の大人、若い親たちにしても同じ事だ。

 私が勾留中の戸塚氏を激励に訪れた折、集まったかつてのヨットスクールの生徒と
 その親たちを眺めてその対照的な印象に驚かされたものだった。
 救済再生された少年たちのタフでしゃんとした態度に比べて彼等にただまとわりついている
 だけの母親、父親たちの様子はどちらが親でどちらが子供なのか見間違うほどのものだった。
 ああした親たちには子供以上の脳幹の衰弱欠陥があるのではないかと思わされたものだ。

 脳幹が健全に育たぬ子供にはその一方テレビやパソコンによって過剰に刺激的な情報を供給され、
 大脳だけが肥大化しいわば頭でっかちとなり、肝心の脳幹は細く、例えていえば実がなり
 過ぎた幹の細いリンゴの木のようなもので、いったん強い風が吹きつけると実の重さを
 支えきれず幹が折れ木そのものが倒れてしまう。
 防波堤の低い港に逃げ込んだ船にも似て外側の海が時化て波が高くなると、
 容易に波が壁を越えて打ち込み船は破損される。
 つまり厳しい世の中には通用しない人間にしかならぬということだ。

 現代日本の子供たちは大方そうした豊穣のもたらす毒に冒されているといえそうだ。
 いつかある外国の雑誌に渋谷近辺にたむろする若者たちの写真が載せられ、
 そのキャプションに『世界で一番豊かで、一番哀れな子供たち』とあった。

 今日子供たちに関する不祥な出来事がさまざまに多いが、彼等が被害者にせよ加害者にせよ、
 その責任は彼等にこらえ性をしつけずにきた我々大人のいたずらな物神性にあることに間違いない。私自身は以前からこの今にこそ新しいストイシズムが必要なはずだと唱えてはきたが、
それが木霊として返ってきたこともなかった。
この豊穣な時代に貧乏の魅力を説き、貧困への憧れを唱えることはただの安易なノスタルジー
かも知れないが、ならば他に手を講じて、子供たちにせめて人生における我慢の効用について
くらいは心して伝えたいものだ。

 畏友戸塚宏の社会復帰は子供たちに関する今日の風潮の是正に必ずや強く確かな指針を
 啓示してくれるものと思っている。 我々は我々の責任で、人間としての絶対必要条件で
 ある我慢について今こそ教え強いなくてはならぬ。
 失われつつある子供たちの数は戸塚氏を襲った事件の時よりもはるかに増えているのだ。

                   ヾ(^ω^*) バイ
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2005年05月06日(金)
1494, いま・現在について−2

「どうせ死んでしまう」−1   
          ー読書日記ー
          
  ー私は哲学病ー

究極の、刹那的な言葉といえば
[どうせ死んでしまう]である。
「これを言っちゃーお終いよ」という言葉である。
しかし、尽きるところ、それである。

「いま」を考える時、キーワードとして
「永遠」がある。
しかし、「どうせ死んでしまう」という言葉を考えると
「永遠」と「いま」という言葉に行当たる。

生は限られている。
所詮はどうせ死んでしまうのである。
それがハッキリしているから、いろいろな問題が発生するのだ。

個々人にとって、自分の死が基点になる。
自分にとって自分の死が大ごとで、全てといってよい。
目前に死を覚悟した時、「いま」という瞬間に気持ちが集中する。

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05月06日(土)
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