ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1801, 日本経済改造論
その後、社長が例の詐欺で問題になった豊田商事の元社員ということが
週刊誌に暴かれた。
その直後に牛丼の吉野家に株式の33・4lを売却、その系列化に入った。
そして現在、ほぼ出店ストップの状態である。
焦りもあって、調査もしない甘さもあった。
軽い損失で済んだのは、不幸中の幸いであった。
佐渡で一店だけ「はなまる」が開店したが、
悲惨な状況という風評が入ってきた。
経営は、ひとつ間違えば舟下は地獄である。
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2004年03月09日(火)
1070, 美容整形医師の「美人の定義」
ある月刊誌に書いてあった美容整形医師の「現代美人の定義」が面白い。
ーその文章を書き写してみるー
普通、美人と問われれば「目がパッチリ」「肌がきれい」「鼻が高い」「小顔」
・・・・・と思いがちだが全部間違い。
現代美人とは「顔立ちが整っていること」が絶対条件。
浜崎あゆみの目であろうが、ベッカムの鼻にしても、バランスが悪ければ
立派なブス(ブ男)である。
つまりプロポーションの良いのが美人であり、いくら部品がよくても
組み立てが悪くてはブスなのです。
一点豪華主義の美人は存在しません。むしろ全部地味なほうが美人なのです。
日本の伝統的美人は雛人形に見られるように、目も鼻も口も全て小さく、
平べったい顔をしています。
ヨーロッパの美人はミロのビーナスに見られるように、口も鼻も口も全て大きく、
立体的な顔をしています。
美人に見せるには、全部大きいか全部小さいかどちらでも良いから均一化して、
バランスをとることが重要なのである。日本人は突出することを嫌います。
「出る杭は打たれる」などいって、平均的な小さくまとまった美しさを好みます。
これが美人の基準にもなる。
いま一つは、権力によってその基準は左右される。
北朝鮮では「金正日がいい男の面」になっている。
欧州の貴族は、それだけで顔立ちに係わらず美人美男になる。
ー以上である。
美人バランス論ということか。
中年になってきて、特に45歳を過ぎると急激に体形や顔立ちが崩れるのは
バランスが悪くなる為であったと考えると納得できる。
本来、化粧はそのバランスを直すためするものである。
わざわざ崩している人がいるが。
太りすぎも体形のバランスの崩れを直すため痩せようとするのだ。
固太りの人は、それほど見たほどデブに見えないのはバランスが崩れないから
であろう。
西欧的美人より日本的美人の方が歳を重ねた時に美的段差が小さいのは、
チマチマしているからバランスの崩れが小さく済むためだ。
顔は、その人の家系や過去の集約として現れるが、化粧一つで誤魔化しがきくから
恐ろしい。といって品位などは三日も経てば直ぐ見えるが。
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2003年03月09日(日)
704, [つかず離れず]ー群れない為に
「つかず離れず」は人間関係の基本である。
「和して同ぜず」ー和同の精神である。
(仲良くはしても、お互い同じでない事を理解することだ)
「隣の芝生は緑に見えます」「隣の花は赤い」は 同じ意味だ。
「味噌汁の冷えない位の距離」は嫁姑の距離である。
以上は相手が良く見える距離を保つことの必要性をいっている。
人間関係には「親しき仲にも礼儀あり」という基本ルールがある。
離婚した女性を見ていると、この距離感の果たす役割の解ってない人が多い。
スナックや居酒屋のママは離婚経験者がほとんどだ。
フレンドリーで、お互いに距離を置かないのが逆にプラスに働くのが
皮肉といえば皮肉である。
お客は群れに来るのだから丁度フィットするのか。
群れといえばこういう話しがある。
私のある姉が東京圏で、サラリーマンに嫁いで団地に住んでいる。
そこで色々な家庭を見ていて、子供の数の理想は3人以上と言っていた。
「3人以上だと群れという感がする」
「家庭は群れの場、その為にはその数が必要と見える」
といっていたのが印象に残っている。
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03月09日(木)
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