ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1701, ほめ芸王 ー2
・「感嘆」に勝るほめ言葉はない。
・ほめるとは相手を語ることではない、自分を語ることである。
自分のほめ方は自分にしかできない。
・相手をほめることで、自分自身の存在を確認する事ができるのだ。
神様の心にならなくては、ほめることができない。
ほめることで神様の心になれるのだ。
怒った顔で、ほめる人はいない。
ほめる時、人は誰でも、神様になれるのだ。
ほめるとは、感動である。
ほめるとは、感謝である。
ほめるとは、感激である。
ほめることで、二人の人が幸せになる。
一人は相手。そしてもう一人は、あなた自身なのだ。
感想ー
どうもほめる事は難しい。自信がないのだろか。
やはり営業でそうせざるを得ない立場の人は身についている。
私がほめると効果てき面だが、軽々しくほめたくはない。
まずは顔色からほめるのもよいが。
家内を実験台に少し始めてみるか!
少なくとも貶すのはやめよう!
「ほめ芸王」
中谷彰宏
パルコ出版
1500円ー税別
2001年06・20
長岡中央出版
2003年03・30日
☆☆
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2004年11月29日(月)
1336, 2000年前のポンペイー5
一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。
落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。
たまたまポンペイについて書いていたので、
その偶然の一致が奇妙な気分である。
2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。
話は少し逸れるが、
エジプトのルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに,
兵隊の絵があった。
同じ絵が多く描かれていたが、現地の日本人の女ガイドの説明が面白い。
その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに向いているのだ。
当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。
いつの時代でも、そのような遊びがあった。
それよりも、数千年の時空を超えた男の生身の人間的なジョークを伝えているのがよい。
ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには
・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレターを
置いていってくれた〕返事が壁に書かれていた。
・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーションをしていた。
・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。
・ポンペイの街には400軒の店があった。
24時間営業の居酒屋があった。
その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。
・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。
家計簿的なメモもあった。
・果物屋には桃が売られていたメモがあった。
等々である。
メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来るという。
当時のローマ帝国の政策の大きなものとして、
パンと、サーカス(街には必ず円形劇場がつくられていた)
を庶民に与えることであった。
AD・54に17歳で皇帝になったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。
そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。
その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。
それがエスカレートしたのかタブーのメモもあった。
・下品の言葉を慎むように
・他人の妻には手を出さないこと
・食事をしていて、着物を汚さないように
宴会場の壁には、酔っ払いの落書きに
〔とことん飲むぞ!〕というものもあった。
富める者と貧しいものとの格差が鮮明になり始めてきていた。
そして、貧しい者の荒んだ心がそのまま落書きになっていた。
「あの男に災いあれ!」
当時の円形闘技場の落書きの中に「闘技場の外で多くの人同士が剣をもって争う
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11月29日(火)
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