ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397991hit]
■1698, 辺境へ −3
街全体が、当時のまま残っているから、更にこの手紙の内容が生々しい。
18世紀の初頭まで人々の記憶から忘れ去られたことが、当時のままの姿を
残すことにもなった。
35年前の日記を昨日のように感じるのは何ら不思議ではない。
全て昨日のようなものである。
数ヶ月前に放映されたTVドキュメントは、この手紙を忠実に映像化をしていた。
そして、爆発が起きてからポンペイが埋まるまでの19時間も、当時の遺体の様子から
想像をしたドキュメントが生々しく時系列で構成されていた。。
ー6月20日の手紙
私は先に、あなたの求めに応じて、伯父の死についての手紙を書き送りました。
手紙を読で、ミセヌムに残されたこの私がいったいどんな恐怖を味わい、
そしてどんな危険にあったかぜひ知りたいと貴兄はおっしゃいます。
実は、先の手紙ではそれを書こうとしていて、筆を置いてしまったのです。
「思い出すのもつらく、悲しみは深いけれど、とにかくやってみましょう」
(訳注:ウェルギリウス『アエネーイス』からの引用)。
伯父が出発した後、私はずっと勉強をして過ごしました。
そのために残ったのですから当然です。
それから入浴と食事をし、そして短く途切れがちな睡眠をとりました。
それまでも、前ぶれのような地震が幾日も続いていましたが、カンパニア地方では
珍しいことではなかったので、さほど恐ろしくはありませでした。
しかし、その晩起こった地震はあまりに激しく、もはや揺れているという
程度ではなく、すべてがひっくり返ってしまったかのようでした。
母が急いで私の部屋にやってきました。
私の方ももう起き上がっていて、母がまだ眠っていたら起こそうと考えていた
ところでした。私たちは中庭に避難し、腰を下ろしました。
そこは海と建物を隔てる格好の空間でした。
当時17歳だった私は、落ち着いていたというか、無分別だったというか、
ティトゥス=リウィウス(訳注:古代ローマの歴史家、『ローマ建国論の著者)の本を
持って来させ、いかにも暇を持て余しているかのようにその本を読み、
やりかけのレジュメを続けていました。そこへ伯父の友人がやって来ました。
伯父に会いにスペインから戻ったばかりだというその友人は、私が母と一緒に
座って本を読んでいるのを見て、私の無気力と不注意を責めました。
それでもなお私は、熱心に読書を続けようとしていたのです。
もう昼の第1時だというのに、光はなおもぼんやりとして、まるで病人のように
弱々しいままでした。すでに建物には亀裂が入っていました。
私たちは屋外にいたのですが、建物が崩れ落ちたときのことを考えると、
その狭い場所では安全とは言えませんでした。
ついに私たちは町を出る決心をしました。
私たちの後には茫然となった群衆が続きました。
人は突然激しい恐怖に襲われると、自分の決断より他人の決断に従う方が
賢明だと考えるらしいのです。
私たちは町を出ようとする人々の長い列にせきたてら、押し流されていきました。
建物のある区域を過ぎたところで私たちは立ち止まりました。
ここで私たちは、とても恐ろしく、また驚くべき経験をしました。
というのは、私たちが引かせてきた荷車が、坂道でもないのに、様々な方向に
動き出していたのです。小石で輪留めをしてあるのに動いてしまうのです。
そのうえ海が、まるで地震によって押し戻されたかのように引いていくのが
見えました。
とにかく海は岸へと変わり、乾いた砂の上に海の生き物がたくさん残されました。
一方、赤く恐ろしげな雲は、ジグザグにきらめいて走る熱風に切られて
大きく裂け、稲妻のような、大きく長い炎を形作っていました。
しかしその時、例のスペインから戻ったという伯父の友人が、先程より力強く、
有無を言わせぬ調子でこう言いました。
「もし貴女の兄上が、そして貴君の伯父上が生きておられれば貴君らが
助かることを望まれるだろう。もし亡くなっておいでなら、貴君らには
[5]続きを読む
11月26日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る