ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1410, 新潟駅前飲食店事情
 当たっていればいるほど、その人の人格を疑ってしまう。
 批評は悪口になりがちである。
 ストレス解消になるが、あとで読んでやはり反省をする。
 
9−文章とユーモア
 
 品格に関係するが、ユーモアも大事な要素だ。
 ユーモアは、文章を楽しく読ませるための調味料のようなものである。
 しかし、これを下手に使うと品格を失う。
 ユーモアは自分が楽しんではならない。
 相手を楽しませるセンスが要求される。
 私の場合は、ブラックジョークになってしまう。

10−悪口は書くな
 
 過去の文章を読み返していて悪口を書いた内容は、いい気持ちがしない。
 それが国家や社会であったとしてもである。
 読み手の心の中は、誰も、決して嫌なことは読みたくない。
 良いこと楽しいことを読みたいのだ。
 書いていると、ついついそのことを忘れてしまう。
 目先書いていると楽しいが、やはり他人に曝すことになる。
 
 
ー以上目次に要点を書き足した。
 普段の何げないことを、面白おかしく、品格をもって、そして味付けをして
 毎日書くことはそう簡単のことではない。
 しかし、それでも書いていると止められなくなるのも事実である。
 
以下の詳細は次の機会に書く。
ー特別講義
 リンボウ先生のコンピューター文章術

コンピューターで書いたほうがよい文章が書ける。
コンピューターはキーボードの方が書くのは断然早い
コンピューターは推敲の名人
コンピューターはもろ刃の剣
横書きか縦書きか

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2003年02月11日(火)
678, 聞く耳持たぬ人

以前は「話しまくる人」というテーマで書いたが、似ているが少し違う。
喋り捲る人は、相手の反応をみてフィードバックしながら話す(違う人も多いが)。
しかし聞く耳持たぬ人は、相手の言おうとしている事に元々関心もない。
何を言っても耳の中に石が入っているとしか思えないほど、人の話が聞けない。

逆に相手の言わんとすることがストーンと入る人がいる。
耳から脳にストレート入ってしまう人だ。
ストーンと入る人が20l、全く入らない人が20lと大体大別できる。

全く入らない人をみわけるのは意外と難しい。
一見聞いている風なのだが。
相手の意見をただ薄ら笑いして聞いているふりをしているからだ。
会話にも対話にもならない。その人の声(いや音)位にしか思ってない。

「相手は何を言おうとしているのか、それに対して自分の考えは如何か。
それを吸収して・・・」など全く考えられない。
20lいったが、もっと多いかもしれない。
以前はそうでなかったが、年とともに聞く耳を持たなくなった人がいる。
(自分もだが)読んでいて自分ではないかと思ったら、そう貴方のことだ!

まあそれはいいとして、自分もその傾向が強いと思ったら
聞き手側になる事を意識して日常の生活の中で訓練する事だ。
もっともそれすら聞けないだろう。

心を閉ざしているのとも少し違うのだ。
性格だろうか。そう本を読まないのだ!
読まないから、何故読まなければならないのかが解らない。
読んでいても、その言わんとする中心からずれたところしか理解できない。

まあこの位にしておこう、20lの人も見ている可能性がある。
いや見ていない!
聞く耳を持ってないのだから。

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2002年02月11日(月)
328,マ〜コ 
 −堀井正子に捧げる

マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)
姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
彼女の話である。
ー供養も含めて書く。

「声楽家になりたかった」が口癖であった。
「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが
人生の分かれ目になった。

兄がたてつづきに亡くなり家業の為(婿養子の)芳朗さんと結婚。

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02月11日(金)
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