ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1372, 日本人と笑い
「仏教文化」というように、たとえその誕生した時期や地域が特定されるにせよ、
その時代や地域に制約されることなく、その多くは今日まで何らかの形で生きている。
 確かに文化と文明とは人間の歴史の中で一体となっており、文明なしの文化、
 文化なしの文明などあり得ないのであるが、これらは決して同一のものではない。

 高度の文化を持ちながら、しかもずっと低度の文明しか持たない民族がいる
 ――例えば古代インド人――一方、大いなる文明を持ってきたが、
 比較的低い寄せ集めの借りものの文化しか持たない国民――例えばローマ人、
 そして現代ではアメリカ人――がいるのである。
 歴史の隠れたドラマは、人類の内的価値と外的価値の永遠の闘い、精神と物質、
 文化と文明との闘争であるとさえ言いうるであろう。
 アメリカとアラブの闘いは文化と文明の闘いと思っていたが、
 文化と文化の争いでしかない?

 ーー自分である問題を提起すると、一瞬のうちに纏めができることに驚いている。
 幾つかのホームページの要点を張り替えただけでチョッとした
 学者並みの小論文が出来上がる。
 
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 ・・・・・・・
 
 2002年01月04日(金)
 290、歓喜ー2

TVであるが、元旦の小沢征爾のウイーン・フィルニューイヤ・コンサートが
素晴らしい内容であった。
あまり興味のない分野だが、日本人初のこの指揮を生放送ということで
見てみた。もちろんウイーンからの生である。

シュトラウスの「ラデッキー行進曲」やワルツ「美しく青きドナウ」などであった。

それに合わせ他の?お城でダンスを踊っているのが中継されていた。
夢のような世界であった。
指揮者・演奏者・観客が一体になり音楽の世界に入りこんでいる、
歓喜の世界であった。

当然最後はアンコールの拍手の渦であった。
この音楽会でこの曲を聴く前と後、というくらいのインパクトを与えるのが
芸術の力である。あの場面にいたら、その位の気持ちになったのでなかろうか。
歓喜・感激はそれ位のインパクトを人間の心に与えるものである。

音楽などの芸術は、宇宙・大自然の中のあるメッセージを一瞬にとらえ、
作品に仕上げたものであろう。
それを会場の全員がそのまま受け取っているのでないか。
歓喜は当然のことだ。

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1月4日  1969年
10時に起床する。
食事をして、顔を洗い、新聞を読んだりして時間を過ごす。
午後は裏に住む姉の正子さん宅の屋根の雪下ろしだ。
2時間した。
従妹の旦那の関口さんが来る。
高専の先生をしている。
彼と学生運動から教育論について話す。
気がついたら3時間も経っていた。
気持が若く開放的だ。
先生とはこういうものかと思った。
20時からジャスコオカダヤの論文の構成を考えるが、上手くいかない。
この程度の問題がナカナカ上手くいかない。
如何したのだろう。

01月04日(火)
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