ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1197, ユングの臨死体験
すべては過ぎ去り、過去のものとなった。かつて在った事柄とはなんの関わりも
なく、既成事実が残っていた。なにが立ち去り、取り去られても惜しくはなかった。
逆に、私は私であるすべてを所有し、私はそれら以外のなにものでもなかった。
「私が目標としたもののすべて、希望したもの、思考したもののすべて、また地上
に存在するすべてのものが、走馬灯の絵のように私から消え去り、離脱していった」
これに対し、彼に残されたものは何だったか。孤独な宇宙空間にただよいながら、
かつて自分が地上で経験し、行為したことのすべてが自分とともにあるという
実感だけは残った。
そのとき残されたぎりぎりの「私」とは、自分がこれまで地上で経験し、
行為したもろもろの事実のみであった。
それは要するに、「私」とは私のカルマ(業)にほかならないということなのか。
私に所属する多くが離脱しても、私の行為のすべては、おそらくは死後もカルマと
して存続する。
ーー
以上であるが、鈴木秀子の臨死体験に似ている部分がある。
現実のとらわれから解放される部分である。
ーあるHPのユングの臨死体験の解説をコピーしておきます。
非常に解りやすい内容であるー
−−−
他の多くの臨死体験者と同じように、この体験のあと大きな変貌を遂げたという。
『ユング・地下の大王』の著者、コリン・ウィルソンも言うように、
これはユングの生涯のなかで大きな転換点だった。
この体験後、彼にとって仕事上で実りの豊かな時期がはじまったのだ。
彼の学問への態度にも、大きな質的な変化が起こった。
それまで彼は、研究者として「自分は科学者だ」ということを世間に示して自分
が傷つかないように護らなければならないと感じていた。
しかし体験後は、自分が科学者であり、それ以外でないという熱狂的な見かけを維持する
必要がないことに気づいたようだ。
自分の心のいちばん深層にある信念を示すことを厭わなくなり、
科学の限界を越えて進んでいると非難されることを気にしなくなった。
「もはや私は、自分自身の意見を貫きとおそうとしなくなり、思考の流れにまかせた。
このようにして問題の方が私の前に現われてきては、形をなしていった」と。
彼はまた、たとえば第一次大戦後に住んでいた家に出没する幽霊を話を率直に
語り始めたりもするのである。
またもう一つ、病気によって私に明らかになったことがあった。
それを公式的に表現すると、事物を在るがままに肯定するといえよう。
つまり、主観によってさからうことなく、在るものを無条件に『その通り(イエス)』
といえることである。
実在するものの諸条件を、私の見たままに、私がそれを理解したように受けいれる。
そして私自身の本質も、私がたまたまそうであるように、受けとめる。
ー病後にはじめて、私は自分の運命を肯定することがいかに大切かわかった。
ー私はまた、人は自分自身のなかに生じた考えを、価値判断の彼岸で、真実存在する
ものとして受けいれねばならないと、はっきり覚った。
これらによって語られているのは、自分のなかに湧きあがって来るものをそのまま受けとめ、
また事物を自己の主観というフィルターで歪めずに、あるがままに肯定して受けとめるという、
受容性の増大であろう。
これまでに見てきたように臨死体験者たちの多くは、自分の周囲のあらゆる人々や生物、
事物に心を開き、それらをあるがままに受け入れていくという傾向があった。
それは、自分自身のあるがままを素直に受け入れていくことと表裏一体である。
要するにそれは、「自己」という垣根を崩して自分の内と外により開かれていくという傾向である。
ユングも、外については「実在するものの諸条件を、私の見たままに」、
そして内については「私自身の本質も、私がたまたまそうであるように」
受け入れるようになったという。
だとすればユングの変化も、多くの臨死体験者と共通する方向への「成長」だったと
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07月13日(火)
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