ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■795, 至高体験ー読書日記 -1
 以上がLSDの体験記の一例で、LSDの開発者ホフマン博士も同様な時間の消失感について
言及している。また、小説家オルダス・ハクスリーは、メスカリンの体験を著書『知覚の扉』
で詳しく述べている。彼の花の観察には次のようなくだりがある。
 「生き生きとした花の光の中に、質的に呼吸に相当するものが認められ
 一ただしその呼吸は出発点に戻ることのない呼吸で、潮が繰り返し引くということはなく、
ただひたすら美から更に高度の美へ、深き意味から更に深き意味へと絶えず昇って
いく流れである。−中略−〈神の示現〉、〈存在−認識−至福〉
−これらのおどろおどろしい言葉の言わんとすることを、私は、はじめて・・・正確に、
完全に、理解した。」
 もっとも幻覚剤の場合、バッドトリップと言われる悪夢のような状態に至る場合も
ままあり、例えば詩人アンリ・ミショーのメスカリン体験は、自我崩壊の恐怖を
地獄巡りとして表現していた。
 
 その他の体験では、ただひたすら万華鏡のような光彩が見え続けるだけとか、
人によってもその変容意識の状態は様々である。
かように薬物による効果でも、神秘体験や変容意識などの状態に非常に
近似している要素がある。      
 実はそれも当然のことで、インディアンのシャーマンなどは、ペヨーテを用いて得た
幻覚を啓示として受け取り、古代ヴェーダでは幻覚性植物ソーマが時に神そのものとして
敬われていたのである。
彼らにとって薬物と神秘は、儀式の一部として深く溶け合っていたのであろう。
 
  一方、中東や西洋でも薬物と神秘は強く手を結んでおり、サバトといった
  怪しげな世界で親しまれた。一説によれば魔女たちは、ヒスイ、ベラドンナ、
トリカブトなどの成分からできた軟膏を秘部に塗布し、一晩中飛行体験や、夢幻的、
あるいは性的なトランス状態に耽溺したという。民族学者ポイケルト教授は、
実際にそれらの成分で魔女の塗膏を処方し、自ら実験台となった。
その結果 報告を端折って挙げると次の通りである。
 「無限の空間へのファンタスティックな飛行感覚、醜悪な顔の生きものたちの祭り、
 原始的なまでの地獄巡り等々。」  上述したような薬物の影響ではなく、
何らかの極限状態や身体の変化に因っても、変容意識は起こり得る。
登山家が厳しい自然と格闘の末、頂上を制服した時、突如として目前に広ろがる
大自然にはっとして至高感を得るという。このように、稀に自然に意識が変容する
こともあるようである。

ここでは生理的変化の一因として、酸素欠乏が挙げられよう。
説明すれば、肺や血液中の酸素が減少すると、代わりに二酸化炭素の濃度が高まり、結果 、
大脳が影響を受け幻覚が生じる。深い瞑想状態でも極端に呼吸の回数が少なくなる。
このことから禅やヨーガでの呼吸法の重要性が理解できよう。
 また同様な状態は、長時間続けて歌ったり踊り続けたりしても起こり得る。
たとえば、シャーマンの祈りや魔術などには舞踏が付き物で、イスラム教のスーフィーズムの
回転舞踏、密教のマントラ、読経、キリスト教の賛美歌などが挙げられよう。
これらは皆、恍惚へと至るためのひとつの手法である可能性を秘めている。
ランニングハイや、武道家の一心集中、断食や苦行もまたしかり。恍惚感や幻覚の要因として、
栄養失調やビタミン不足に依るペラグラ症や、苦行に於ける苦痛ではヒスタミンや
アドレナリンの分泌、また、膿んだ傷からはあらゆる毒物の体内への侵入、などが挙げられよう。
 性的なオルガスムなどでも至高感や幻覚は起こり得る。
ましてや聖女の法悦には甚だエロティックなものが多く、聖テレサの幻視の描写 には、
神の光る失で何度も突き刺され、内臓を引きずり出されて恍惚となったとある。
性的エクスタシーは“小さな死”と言われる。
まさに死へまでも突き動かされる性のエネルギーの解放は、
ニーチェの言う“ディオニュソス的”なものにも内包されている。
以上のように、至高体験、変容意識は身体感覚とも密接なようである。


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06月08日(日)
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