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原案帳#20(since 1973-)
by 会津里花
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こういうわけで、4月いっぱいかかって、俺は「25分早く家を出て、迷子になりながら遅刻寸前で学校に飛び込む」という日常を身に付けたのだった。

迷子のコースは毎日必ず違っていたので、退屈はしない。

ただ、ふとした拍子に前にも迷い込んだところに再び出くわすこともあって、「お、ここ知ってる」と気が付くのはとても感慨深い。

そんな気がし始めて、4月が終わった。

ゴールデンウィークは人並みに遊んだ。

一度、家族(父、母、俺、ばあさん)で食事にでかけるのに車で走っていたら、ほとんど見たことのある道ばっかりで驚いた。

もしかしたら、4月の間に町じゅうの道を走破していたのかもしれない。

俺はひそかにほくそえんだ。

1ヶ月で町じゅうの道路をぜんぶ走ったやつなんて、他にはいるまい。

これで、どの道を通るか、自分で決められれば、ぜったい人に自慢してやるのに。

くそぉっ。



そうして、5月になった。

担任の教師(なんでこいつはいつもボタンの合わせ方が逆になったワイシャツを着てるんだ?)が言わなくてもいい「5月病」なんて言葉を言ったので、少なくとも3人は本当に「5月病」にかかったらしい。

2人が学校に来なくなり、1人は保健室に通うようになった。

俺はそれどころじゃなかった。

せっかく身に付けつつある「25分前に出発、迷子にはなるけれど遅刻しない」というパターンを守ることに神経を集中していたし、迷子になって新しい道を見つける (なーんだ、まだあるジャン)のが楽しくて仕方なかったのだ。

帰り道もたいてい迷子になるが、遅くても日付が変わる頃までには家にたどり着くので、捜索願も出されないし、西日から藍色に変わっていく風景の中の迷子はあんまりあせることもなかった。

何よりも、けっきょくは家にたどり着くのだ。着かなかったことはない。

もしかしたら、俺は本当は「方向音痴」なんかじゃないのかもしれない。



そんなある日のこと。

いつものように、俺は朝「25分早く家を出て」……っていうより、これは最初(入学したての頃)に決めていた時間が25分早すぎた、と考えるべきだよな、だから「定時に家を出て」って言うべきだよな。今、気が付いた。

で、いつものように迷子を楽しんでいた。今日はなんだか、静かな感じの住宅街、それも大きな家ばかりが並んでいるから、「お屋敷町」なのかな。

でも、学校へ行きたかったら、こんなところを走っていてはいけない。

確か、……確か、ここは、……学校よりもわりあい南の方だったはず。ええっと、北へ進路を変えないと……あれっ、太陽が後ろに見える。じゃあ俺、西に向かって走ってるのか。

なんでこうなるんだろう、いつも。

自転車を歩道に止める。なんだか、やけにおしゃれなレンガ色の石畳の歩道。

父に描いてもらい、その後自分で目印なんかを書き足している地図を、鞄から出して広げる。

確か、さっき見つけた目印は、……ああ、これだこれだ、コンビニ「K」の横を通り過ぎて、最初の角を左に……あ、これを忘れていた。そうすると、俺はそこをまっすぐに来てしまって、……そうすると、今いるのは「O町」か。じゃあ、「K」の次の角まで戻るしかないよな。ああ、でも、あの角、こっちから行ってわかるかなあ……不安。

地図を見ながらでは自転車で走れないので、いったん鞄にしまうと、俺は自転車の向きを変えて、走り出そうとした。

すると、路上にキラリと光るものが目に留まった。

いつもなら、どうやら100円玉らしいけど、そんなものを見つけても正しい道を探すのに精一杯で無視してしまうのだった。

それなのに、なぜか今日だけは、自転車をひきずってそこまで行き、自転車を降りてかがみこむと、落ちていた100円玉を拾ったのだった。

ほとんど泥も着いていないので、たぶんつい今しがたぐらいに通り過ぎた誰かが落としていったんだろう。

あ、今年のじゃないか! もう出てたんだ。初めて見た。


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05月14日(日)
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