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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■山上徹也は令和の義士である
オレは考える。もしもオレが山上徹也のような宗教二世の境遇だったらどうなるのか。あのように自分の未来が奪い取られていたらどうなるのか。自分の兄弟が親のせいで不幸になっていたらいったいどうなっていたのかと。大学進学の機会や職業選択の自由が奪われていたらどうなったのかと。
山上徹也に無期懲役の判決を下した裁判官に欠けていた視点は、統一教会というのが絶対悪だという事実である。岸信介から安倍晋三に至る三代にわたって日本の政治の中枢に関与し、多くの議員を日本会議、勝共連合などの似非ネトウヨ組織に加入させ、多くの日本女性を韓国ニートやDV男への捧げ物として提供してきたとんでもないクソカルトが統一教会である。普通ならこんな反社組織はきちんと司直の手によって捜査され、日本での活動を止めていたはずなのに、自民党政権は保護し続けた上に信者を増やすための広告塔として動いていたのである。
その統一教会を山上徹也はぶっつぶしたいと思った。自分たち一家を不幸のどん底に陥れた統一教会に恨みを抱いた、彼は自分だけが逃げ出すことも可能だった。しかし、彼が目指したのは教団そのものの息の根を止めることだった。そうすれば同じ境遇の統一教会の二世達を救うことができる。しかし、彼の正義の行動にとって大きな妨げは、警察権力も司法もすべて統一教会に味方していたということである、その悪を告発するという尋常の手段では山上徹也の願いである「統一教会の壊滅」は果たせなかったのである。
山上徹也は韓鶴子を殺そうとした。教祖を殺せば統一教会に打撃を与えられることは確実である。もしもオレが彼の立場なら、教団の集会を教祖もろとも爆破して葬り去ることを考えただろう。そして自分もその中で爆死しただろう。自分の命を賭けてでも統一教会という絶対悪をこの世から消し去りたいと思ったことだろう。しかし山上徹也は「爆弾」という手段を選ばなかった。それは、韓鶴子を殺せたとしてもその時には大勢の信者を巻き込んでしまう。信者というのは彼と同じ被害者なのである。その被害者を自分のテロに巻き込むことを彼は望まなかったのである。
逃げて自分一人が幸福になることではなく、多くの人の幸福のために彼は自己犠牲を選んだのである。自分が殺人者となって教祖を葬り去ろうとした。もちろん「殺人」という行為がどんな罰を与えられるものであるのか。彼がわかっていないはずがない。もはやその時点で普通の人生を生きることは不可能である。彼が統一教会から逃げずに対決することを選んだからこそ、我々はこれまで報道されなかった統一教会の実態を知ることとなったのである。
しかしわざわざ韓国に行って警備厳重な韓鶴子を暗殺することはほぼ不可能であった。どうすれば教団に打撃を与えることができるのか。統一教会と自民党の深い関わりを知る山上徹也がそこで選んだ標的は安倍晋三であった。SPに守られた元総理を襲うこともまた容易ではない。奈良・西大寺での街頭演説だってまともに警備されていれば狙撃は不可能だっただろう。しかし、僥倖のようなチャンスが彼に与えられ、奇跡的にその至近距離からの狙撃は成功した。
オレは殺人という行為を擁護する気は無い。しかし、それ以外に世の中を変える方法がないという閉塞感の中にいればどうすればいいのか。安倍晋三や韓鶴子を暗殺するという方法以外の法的に正しい手段で統一教会の悪を告発できただろうか。否である。正義を実行するためには悪を行うしかないという究極のパラドックスの中で、山上徹也は手製の銃を完成させ、暗殺行為を完結させたのである。
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01月22日(木)
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