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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■クルマ社会はどこへ向かうのか?
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若者がクルマを欲しがらなくなった。デートカーと呼ばれたかつての2ドアクーペはほとんどが絶滅種となり、オレのような物好きしか乗らなくなってしまった。クルマでどこかに出かける快楽というのが忘れられ、お父さんは1BOXカーを買わされて家族の奴隷に成り下がるという暗黒時代になってしまったのだ。さらに貧富の差が拡大し、貧しい若者は中古車さえ買えなくなってしまった。男たちのわずかな可処分所得は携帯料金とゲーム機やゲームソフト代、そして女性への貢ぎ物で消えてしまうのである。そんな時代状況で実施された高速道路1000円政策も、もしも20年早かったらどれほどインパクトがあっただろうか。もはや遅すぎたと言うしかない。ホンダ・プレリュードも日産・シルビアもトヨタ・セリカももう存在しないからだ。
今から50年後にも同じように化石燃料を使う車が走ってるだろうか。いや、50年後に石油が今と同じように豊富に使い捨てできるだろうか。昨年のような原油高騰はまた起きるかも知れない。限りある資源をできるだけ高く売りつけたい産油国の思惑と、それがゼニになると信じるギャンブラーたちが存在する限りまた仕掛けられるだろう。しかしいずれそれも終わる。いずれ原油そのものが尽きるからだ。
日本は世界に先駆けてハイブリッドカーを実用化させ、大量生産するようになった。これでガソリンの使用量は半分にできるようになった。しかし、この技術は将来の問題を先送りしたに過ぎない。30年で尽きるものを60年先に伸ばしただけのことである。全く本質的な解決には至っていないのである。ハイブリッドカーで時間を稼いでいる間に次の段階に進まないと行けない。それは燃料電池車と電気自動車である。
水素を燃料とする燃料電池車は水しか排出しない。これが今考えられるもっともクリーンな動力源である。水素の製造方法や貯蔵方法にまだ研究の余地はあるが、実用化にこぎ着けようと自動車メーカーは苦心している。まだ価格が高すぎて市販段階ではない。電気自動車も同様に走ってる間は二酸化炭素を排出しない。こちらは2009年中に三菱自動車から市販される予定である。日産自動車も2010年度に電気自動車の発売を予定している。つまりハイブリッド車以降の戦略にもう踏み出しているのである。アメリカでは2008年にテスラ・ロードスターというリチウムイオン電池搭載の電気自動車のスポーツカーが発売されている。最高速度200キロを超える本格的な性能である。ただ、価格は1000万円以上だ。搭載されている電池は日本製だという。もしも電池のコストを下げることができるならば、そして大量生産できる体制を整えるならば、価格は大きく引き下げることが可能だろう。
クライスラーがすでに退場し、GMが瀕死の状況で世界の自動車産業をリードするのは日本の自動車メーカーしかない。日本国内のことだけを考えてクルマを作ればいいというのではない。今や将来の舵取りの役目を任されているのだ。今こそ日本の自動車メーカーは100年後のクルマ社会に向けた戦略を打ち出すべきである。それが燃料電池車・電気自動車への大転換だ。
ガソリン車をやめてしまえば、化石燃料に頼ることはなくなる。水素や電気を製造する方法はいくらでもある。水力もあれば太陽光もある。地熱や風力、潮力も利用可能だろう。まだまだ利用可能なエネルギーは眠っている。しかもそれらは持続可能なエネルギーであるということだ、化石燃料と違って掘り尽くしてなくなるということがない。資源浪費型社会から資源循環型社会への転換、これこそが人類を未来永劫繁栄させるために必要なことではないのか。地球にある貴重な化石燃料をただ燃やして浪費するというのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。なんとかその浪費を食い止めないと行けないのである。人類があと50年で核戦争や環境破壊で滅亡するのなら浪費してもかまわないだろう。しかし、人類の叡智は必ずそうした危機を乗り越えるとオレは信じている。そのときに未来の我々の子孫には十分な資源を残してやりたいのである。そのためには「ガソリンをじゃんじゃん使ってクルマを走らせる」ような状況をなくさないといけない。
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05月10日(日)
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