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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■おめでとう、佐賀北高校!
第89回全国高校野球選手権大会最終日は22日、兵庫県西宮市の甲子園球場で決勝が行われ、佐賀北(佐賀)が5−4で広陵(広島)を破り、初優勝を果たした。佐賀県勢では76回大会の佐賀商以来13年ぶり、公立校では78回大会の松山商(愛媛)以来の全国制覇。(時事通信)

 オレは高校野球のテーマソングというと、「栄冠は君に輝く」よりもどうしても「君よ8月に熱くなれ」の方が好きだ。これは1981〜88年まで朝日放送の「熱闘甲子園」のテーマソングとして使われていた。その作詞者である阿久悠先生はつい先日お亡くなりになってしまったのである。オレは心からそのご冥福をお祈りしたい。さて、オレがこの曲を好きな理由はやはりその歌詞にある。

まためぐり来る夏の日に心ふるわす人がいる
あれが確かに青春と胸に瞼に刻み込む
時よ止まれよ ただ一度 奇跡起こした若者に
雲が湧き立つ甲子園
君よ八月に熱くなれ

 この歌を口ずさむと、なぜか胸にこみ上げるものがあって、涙ぐんでしまうのである。「時よ止まれよ ただ一度 奇跡起こした若者に」あの甲子園の高校野球というのはかつてどれほど多くの奇跡を生み出してきただろうか。一つでも負けてしまえばそれでおしまいのあのギリギリの戦いの中で、必死にプレイする高校球児たちの与えてくれた感動をオレはいくつも思い出す。

 オレがまだ中学生の頃、母の郷里である鹿児島県・坊津町に夏休みのたびに帰省していた。その1974年の夏、テレビでは準々決勝を鹿児島実業と東海大相模が戦っていた。鹿実のエースは後に巨人入りした定岡である。試合は延長戦になり、みんながテレビの前にかじりついて鹿実を応援していた。放送時間が終了になっていったん打ち切られたのに県民からの抗議でまた再開され、終わりまでテレビで観ることができたのである。センターに抜けそうな火の出るような打球を飛びついて捕った鹿実のセカンドの超ファインプレーは今でも覚えている。ちなみに東海大相模の5番打者は現巨人軍監督の原辰徳だったそうだがそちらは全く覚えていない。延長戦の末に東海大相模を下したことで絶対に決勝進出だと思った鹿実は準決勝で防府商業に敗れたのだが。

 1985年といえば阪神タイガースがセリーグ優勝、その勢いで日本シリーズでも西武ライオンズを下して日本一になった年だが、高校野球ではあのPL学園の清原、桑田コンビが活躍した年だった。PL学園は宇部商を決勝で下して優勝した。オレは清原や桑田の活躍をテレビで観ながらワクワクしてたことを思い出す。ただ彼らはあまりにも完成されすぎた強さであり、奇跡でも何でもなくただ順当に勝ったという感じだった。

今年の夏、大阪代表の金光大阪は初戦で早々と敗れたこともあり、オレはあまり熱心に高校野球を観ていなかったのだがオレの父は時間があるとずっとテレビで野球を観ていた。8月19日(日)の午後もオレの父はいつものようにテレビの前で食い入るように画面を見つめていた。それは佐賀北と帝京との準々決勝だった。「ええ試合なんや!」父はそう言って画面を指さした。試合は延長戦に入っていた。優勝候補の帝京に対して、ここまで何とか勝ち上がって来れたものの佐賀北の方が分が悪いように思ったが、しっかりと五分の戦いで延長戦に持ち込んでいるのである。佐賀北の守りがすばらしい。併殺を取るそのすばやさにはほれぼれするくらいだった。よく練習して鍛えられてるのがわかる。帝京がスクイズ失敗で絶好のチャンスをつぶし、佐賀北がサヨナラ勝ちを収めたその瞬間、父は感動の涙を流していた。「よかったなあ、がんばったなあと」喜んでいた。それを観ていてオレも父と一緒にその佐賀北を応援したくなったのだ。佐賀北が開会式直後の戦いで甲子園初勝利を収め、そして引き分け再試合をも勝ち抜いてきたということもその時に知った。ちゃんと勉強して進学を目指す地方の普通の公立の進学校の生徒たちが、ここまで勝ち上がってきたということにオレは不思議な感慨を覚えた。

 準決勝は佐賀北と長崎日大という九州勢同士の対決だった。この試合、佐賀北は3得点すべてをタイムリーヒットではなく犠牲フライや相手のミスに乗じて奪い、見事な投手リレーで完封した。派手さはないがやはり見事な戦いぶりだった。そして決勝戦を迎えた。

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08月23日(木)
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