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江草 乗の言いたい放題
by 江草 乗
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■我が国に言論の自由はあるか?
侵略戦争を行ったのは日本だけではない。あの時代、大国が小国を軍事的に支配することは当たり前だった。満州事変の後でリットン調査団が派遣されてきたとき、日本政府は「なぜ我国だけが?」と感じたのではないか。もしも日本が満州事変を起こさなかったら、代わりにソ連が満州を実効支配していただろう。当時アジアの多くの国は欧米列強の植民地だった。オランダはインドネシアを支配し、アメリカはスペインからフィリピンを奪い取って支配していた。インドシナ半島はフランスの植民地だった。残された土地の中で日本が分捕れる場所は朝鮮半島であり、満州だった。現在の価値観から見れば「侵略戦争」であっても、当時の価値観は今とは違う。そして大事なのは、現在の価値観で過去の歴史を裁くことはできないということである。後世に作られた法律やルールを過去に遡及させて適用することは間違いだ。たとえば過去に於いて全く問題視されていなかった普通の行為が、今の法律に反しているからと言って全否定される必要はないとオレは思うのである。ましてや処罰されるならそれはおかしいのである。昔は普通に書店で売られていたエロ本を、今は禁止だからと言って持ってるだけで罪になるなんてむちゃくちゃにもほどがあるぜ。
アメリカ人によるインディアンの組織的な大量虐殺やアフリカとの奴隷貿易は、それこそ現代の法律を適用すれば関係者全員が死刑にされそうな大罪だが、すでにかなりの時間が経過しているので誰も問題視しない。ただ、実際にその行為が行われているときに誰もその異常さを問題視などしなかった。奴隷の輸送船に大勢の黒人奴隷が積み込まれ、途中で病気になったりした積み荷が海に捨てられたわけだが、生きたままの人間を海中に投げ捨てることに対して乗組員たちはみんな平気だったのである。なぜかというと、白人の水夫たちは黒人を自分たちと同等の人間であるとは誰も思っていなかったからだ。今でこそ人種は平等とされ、黒人のオバマ大統領が当選したわけだが、1919年に日本が国際連盟に人種平等宣言を提案して一蹴されてからまだ100年も経っていないのだ。昨日までの差別者たちがいかにも自由と民主主義の旗手のように振る舞ってる偽善に対して誰も疑問に思わないのか。
田母神氏の今回の失敗は、現職の航空幕僚長でありながらその論文を発表したことに尽きる。あと数年待って自衛隊をやめて一人の年金暮らしの老人になってからから堂々と発表すればよかったのである。そうすればここまで叩かれることもなかっただろう。あるいは身分を隠して、どこかの国の一人のオッサンとして適当なペンネームを名乗って発表すればよかったのだ。
オレは日頃ディベートというものを指導している。ディベートの世界では人とその主張を区別する。つまり、誰がどんな主張をしようと基本的に自由なのだ。議論というのは主張を戦わせるのであり、その主張をする人を戦わせるものではない。「あなたのこの主張はこんな点が間違っている」とは言えるが、「そんな主張をするあなたは間違ってる」という人格攻撃はルール違反である。ところが日本人は昔からそうした「人と議論を区別する」ということができなかった。議論は常に人格攻撃に終始してきたのである。議論の中味で勝とうとはせずに、議論をする人を攻撃して勝とうとしてきたのが日本に於ける間違った状況ではなかったのか。
田母神論文に対する批判はすべて「政府見解とは違うことを主張した」ということに尽きる。政府の要職にある人間はすべて政府見解に従わないといけないのである。そうした言論統制こそオレは間違ってると思うのだ。自由な議論を封じるような空気の中でどうして真の民主主義が育つのだろうか。なぜ田母神論文に対して堂々たる論戦を挑んで論破して、その結果として「こんな間違ったことを言う航空幕僚長はけしからん!」としなかったのか。おそらく田母神氏と論戦して勝つ自信がなかったからなのだろう。
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11月09日(日)
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