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武ニュースDiary
by あさかぜ
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■「ラベンダー」評 (香港電影評論学会)●映画のサマノスケはドニー・イェン?(文匯報)
「ラベンダー」評(香港電影評論学会)

Returnerの豪華DVD、そして鬼武者3で沸き立つ中、
「ラベンダー」は池袋での上映が今週いっぱいということで
第1段階は終わり、という感があります。
まだ上映中に・・・と思いつつ、遅くなってしまいましたが、
ラベンダー関係の文章をまず1つ。
5日に触れた香港電影評論学会の会員による評論の1つです。
こんな見方もあるということで――。

他に2人が短評を発表していましたが、
映画の出来には辛口なものの、いずれも武の天使役には
高い評価を与えています。

「軽やかに、一風変わった愛の小品」

イップ・カムハンの作品は「飛一般愛情小説」「わすれな草」から
新作「ラベンダー」に至るまで、すべて愛の探求と愛の喪失をテーマとする、
一風変わったラブストーリーである。
明るいハッピーエンドはないが、悲観的でも寂しいものでもない。
時が経てば事情も変わる。主人公たちはどこか悟っており、
香港映画には珍しい、愛に対して開けた態度が作品に流れている。

「わすれな草」の金燕玲は、突然子どもの父親が誰かを思い出し、苦笑するだけだし、
エリック・ツァンは忘れることで執着から解き放たれようとする。
「ラベンダー」のケリー・チャンはあっけなく金城武を手放し、飛んでゆかせてしまう。
天国と人間界とはあくまで別世界のままで、手放すべきときは手放すだけだ。
「ラベンダー」で成功しているのは、その一種ひょうひょうとした軽やかな味わいで、
この作品こそ、まさに「飛一般的愛情小説」(軽やかな普通でない恋愛小説)なのだ。

美術、セット、撮影の美学は決してリアルな手法に傾かず、ロマンティックな表現にこだわる。
室内の寒色による処理、ラベンダー畑の油絵を思わせる表現は、
ある種の淡い哀愁をかもしだし、まるで短い言葉を書き添えた絵葉書のようだ。
その意図は波乱万丈の物語を語るにあるのでなく、
恋愛関係の様々な細部を描き出すことにある。

ケリー・チャンの喪失感、待ち続けること、寂しさと、
金城武の純潔、善良、生命力の弱さは、現代の恋人達の状況と響きあう。
それは一種の極限の孤独であり、そのあまり、みな少し病んでしまっている。
そうなのだ、「ラベンダー」は角度を変えると末期の病人の映画と言うことができる。
原因は「恋愛不適症」である。

ケリー・チャンと金城武の、このような病んだ者同士の共演といえば、
しばらく前の「世界の涯てに」が思い出される。
これもまた、共に捜し求めることがテーマだった。
年月を経て、ケリー・チャンの演技は当時の世間離れした感じをまだ脱していない、
いや、スター性が逆に強くなっている。
金城武はといえば、その天使の造形は、古今東西のあまたの天使の中でも、
最も美しく目の醒めるようなもので、
それが、一貫して抑えた演技と、身体や眼の表情によく合っており、
彼をイメージして作られた役であるということができるだろう。
彼もまた、その期待を裏切らない。

「ベルリン・天使の詩」が、時代や歴史や生命についての思考に満ちていたのに比べ、
「ラベンダー」の天使も人も、霞を食って生きており、愛こそが命のすべてなのかもしれない。
そして愛について少しずつ語って倦まない、
まさに愛の本質を語るに専念した作品である。
あれもこれもがロマンティックにおとぎばなし化され、
人物の心理の変化もあっさりしているため
それが作品の価値をいささか減じてはいるけれども、
感情が表現されるシーン、特に、愛すれば必ず心残りが生まれるのだと語る部分は、
やはり感動を呼ぶ。

(龐奴・評 in 「2000香港電影回顧」)


映画のサマノスケはドニー・イェン?(文匯報)

山崎監督がいずれ香港のニュースに現れるのではないかと思っていましたが、
監督のBBSでお知らせしてくださる人あり、
行ってみました。次のような内容です。
なお写真もありました。香港の文匯報です。

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03月12日(水)
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