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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■回復は上り坂
回復は上り坂であり、上り坂はしんどいものである、ということ。

最近はAAだけでなく、回復施設にもちょっとだけ関わっています。施設に入所するということは端から見ていて「大変そう」だし、実際入所中の人たちに聞いてみれば「結構しんどい」という答えが返ってきたりします。今回は、何がどう「大変」であり、どう「しんどい」のかという話です。

施設に入所すると、たいてい仕事を続けることはできなくなります(少なくともいったん休職は必要)。また家族と一緒に暮らすこともできなくなります。その期間は施設によって様々ですが、少なくとも数ヶ月、長ければ数年におよぶこともあります。仕事からも家族からも離れて、何をするかと言えば「回復」に専念するわけです。そして、この回復することが「大変」であり「しんどい」のです。そのことは、施設入所だけではなく、AAや他のグループにおける回復にも当てはまります。

病んでいる状態は本人にとっても気持ちの良いものではありません。だから病んでいる人は健康な状態に戻りたいという願いを持つはずです。

上とか下という話をします。「健康な状態」「機能している状態」のところに一本の線を引くとすると、病んでいる状態は、その線より上に位置しているのでしょうか、下に位置しているのでしょうか。イメージ的には、病んでいる状態は健康な状態より下にあるとしたほうが分かりやすいでしょうね。

「回復」てゃ病んだ状態から、健康で機能的な状態に戻ることですから、つまり上り坂を上ることです。平坦な道や下り坂より、上り坂がしんどいのは当然です。それが回復の「大変さ」であり「キツさ」です。回復を「成長」などと他の言葉に言い換えてみても、変わりません。

12ステップは楽しいかと問われれば「特に楽しくない」という答えになります。自分の抱える欠点をあぶり出す棚卸し作業や、自分が恨んでいた相手に謝罪に行く埋め合わせなど、誰だって楽しくはないでしょう。途中から自分が回復している手応え(効力感)を感じるようになるので、それを楽しいと表現する人もいますが、やるべきことそのものは楽しくはありません。

だから、AAに来る人はほぼ例外なく「もっとやさしい楽なやり方」を探してしまうわけですが、上り坂を上らずに上る手段はみつからないのです。

「私は回復しようとしているのに、なぜこんなに苦しいのでしょう?」と真顔で尋ねられることがあります。それは回復している最中だからであり、上り坂を上っているからです。平坦な道や下り坂を選べば楽かも知れませんが、それは現状維持、あるいは病気がより進行する方向へとつながっています。

3月にある先生の講演を聞きました。その中の独白的な部分だったので、名を挙げて紹介して良いか迷うので、伏せておきますが、先生曰く

「アディクションの人は、<気分が良いこと>にこだわる。人生を生きていて、そんなに良い気分でばかりいられないし、そうでないことが多くて当たり前なのに、なぜかアディクションの人は、いつも気分が良くなくちゃならないという思い込みがある」

そんな私たちを手っ取り早く<気分良く>させてくれたのが、アディクションの対象(アルコール・薬物・ギャンブルなど)でした。確かに気持ち良くさせてくれるのですが、乱用すればやがて効果が薄れ、量を増やさねばならず、メリットよりデメリットが大きくなってきます。

そして酒や薬を止めざるを得なくなったとき、その人が「回復」に対して描くイメージは、酒や薬がなくてもいつも<気分が良く>いられる状態が「回復」であり、12ステップが気持ちよさをもたらしてくれる道具である、という誤解です。(そうした誤解は12ステップ以外の手段に対してもしばしば起こります)。

そういう人は、回復を手助けしてくれる人(援助者)に対して、自分の気分を良くしてくれることを要求します。慰めてくれる人、あなたは悪くないと言ってくれる人を求めますが、そうした慰めの効果は酒や薬よりも短期間しか効果がありません。


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07月02日(月)
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