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たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■早期発見・早期治療は役に立ったか
3月11日もAAの病院メッセージに参加したりして、いつもと変わらずに過ごしていると思います。

広く日本のAAで使われている『12のステップと12の伝統』という本には、こういう下りがあります。

「AAの誰もが、まず底をつかなければならないというのはなぜだろうか。底つきを経験してからでないと、真剣にAAプログラムをやってみようと思う人はほとんどいない、というのが答えだ」

回復するためには、まず「底つき」(hit-bottom)をする必要があると言っています。さらには別のところで、AAの初期の頃には「どん底のケース」(low-bottom case)の人たちしかAAで助からなかったが、最近の若い人たちを助けるためには「底つきを、その人たちのために引き上げる(raise the bottom)」必要があった・・とも書いています。

この「底つき」はしばしば誤解されています。社会的立場を失って、社会の底辺に向かって落ちていくことであり、これ以上落ちようがないところにたどり着くのが底つきである・・という解釈は間違いです。

実際には社会的立場を失わなくても底つきを経験する人はいるし、一方でどこまで落ちていっても底をつかない人もいます。確かに、何かを失うことは底をつくチャンスではあります。仕事や家族を失うことが、底つきのきっかけになることもありますが、そうならない場合のほうが普通です。

12ステップをやった人には「底つき」が何であるかは明確です。意思の力で酒はやめられない(再飲酒は防げない)という自覚です。底つきをするのに何かを失う必要はありません。

おそらく10年か20年ほど前から、医療や援助職の人たちが「底つきの底上げ」ということを言い出しました。どん底に落ちる前に早めに底つきを経験させる・・という意味ですが、前述のような底つき概念への誤解に基づいた考え方でした。

この雑記のテーマは、この「底つきの底上げ」が何をもたらしたかを考えることです。物事には功罪両面があるのが普通であり、「底上げ」にも良い面もあれば、悪い面もありました。僕としては害のほうが大きかったと考えています。

「底上げ」のために医療や援助職の人たちが取った戦略は、早期発見・早期治療でした。そのために「アルコール依存症は病気である」という啓発活動が行われました。これは功を奏し、昔だったら依存症と診断されないような人たちも、依存症者として扱われるようになりました。

本当に重症化した人たちばかりではなく、まだそれほど深刻でないケースでも依存症と診断されるようになりました。12&12にあるように、「まだ元気で、家族もいて、仕事も失わっていない」という人たちが、問題(の一部)に気づき、酒をやめるチャンスが与えられたのです。早期発見・早期治療は実現しました。

ではその人たちが、「底つき」を経験したかといえば、僕は否だと思います。それは、社会的なものを失っていないからではなく、意思の力で酒はやめられるという方向へ誘導されたからです。

そうした早期診断が行われる前は、依存症と診断される人は重症化・深刻化した人たちばかりでした。自分の(意思の)力では、短期間しか酒をやめ続けられなかったため、断酒会やAAという当事者の継続的な援助を必要としました。

「底つき」とは言葉を変えれば「援助への希求」です。私には助けが必要だ、仲間やハイヤーパワーの力がなければ自分は再飲酒を防げない、という自覚が、援助を求める姿勢へとつながります。「底上げ」以前は、そういう流れになりやすかったのです。

ところが依存症が病気だという啓発活動が奏功して、早期発見されるとともに、診断を下される人の数も増加しました。深刻化した人たちの割合は減り、自分の力である程度の期間(何ヶ月か何年か)やめ続けることが可能な人たちが増えました。


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03月09日(金)
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