ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■科学的とは
疫学調査とはどういうものか。

1960年にアメリカのダールという研究者が、塩分摂取量と高血圧症の発症率に正の相関があるという疫学的調査の結果を発表しました。この相関はきれいな直線を描いていたために、強い説得力がありました。


成人病(現在の生活習慣病)という概念を確立させたのはアメリカの保険会社です。それまで高血圧は体には悪くないと考えられていたのですが、彼らは高血圧の人が早死にする(従って保険金もたくさん払わねばならない)ということを発見したのです。業績を上げるためには高血圧の人を減らす必要があり、高血圧の原因探しが行われていました。そんなところにダールの論文が登場したのです。

このため、高血圧や脳卒中を減らすために「減塩」が言われるようになりました。

さらにダールはラットを使った動物実験も行いました。ラットに塩分を大量に与えると、一部のラットは高血圧になります。そのラット同士を掛け合わせると、さらに重症の高血圧になる子孫が作り出されました。そんなラットでも減塩の食事療法をすると血圧が正常に戻りました。

この結果、高塩分→高血圧(→脳卒中による死)という図式がなりたつと見なされました。

しかし、現在ではダールの業績のかなりの部分は否定されています。ダールの用いた塩分摂取量のデータの信頼性が低かったこと。塩分摂取量が低い未開民族の平均寿命が40才にすぎない例もあること。ラットを使った研究は塩分感受性(塩分を摂取すると高血圧になりやすい体質)が遺伝することを示したのみと解釈されています。

塩分量と高血圧の関係を調べる疫学調査はダール以降も続けられました。そのうち最大のものがINTERSALT研究です。これは32カ国にまたがった大規模な調査でした。その結果、塩分摂取量と血圧には相関があるもののそれは弱く、高血圧症に対する塩分の重要性は低いことがわかりました。国が大規模な政策を行って国民全体に減塩を呼びかける効果は否定されました。

しかしながら、塩分を取ると高血圧になりやすい(塩分感受性の高い)体質の人がいるのも事実で、逆に高血圧症の人の90%はこの体質であることもわかっています。高血圧予防のためには、この体質を持つ人を発見し集中的に減塩指導した方が効果的であることから、この体質を発見するための検査方法へと関心が移っています。

現在では減塩政策推進派の人たちの主張は「高血圧予防」ではなく「動脈硬化予防」など他に力点を置いたものになっています。減塩政策そのものは現在も続いており、アメリカのFDAは食塩を「食品添加物」として扱って食品に塩分量の表示する政策の準備に入っていると伝えられました。塩分感受性の高い人は自ら塩分摂取量を気にしなければならないので、この政策は間違いでありません。

言いたいことは、疫学が「高塩分→高血圧」という図式を発見し、さらにそれを「高塩分+塩分感受性→高血圧」に修正するのに30年ほどの時間を要しているということです。その30年のあいだに「高塩分→高血圧」という図式が広がってしまい、簡単には修正が効かなくなってしまいました。

全国民に低塩分を求める政策は成功していません。薄味の料理が体によいことが分かっていても、やっぱり濃い味のほうがおいしく感じるものです。塩分を気にしながら料理するのは面倒です。こうしてベネフィットが少なくコストが大きい努力は嫌われ、それが減塩の価値を軽んじさせます。実際に減塩する人は少なくなり、結果として塩分感受性の人が早死にすることを防げていません。それよりは選択と集中を行った方がいい。

若い頃に「高塩分→高血圧」という教育を受けた人は今でもそれを信じています。それを「高塩分+塩分感受性→高血圧」に修正することは容易ではありません。


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04月14日(木)
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