ID:19200
たったひとつの冴えないやりかた
by アル中のひいらぎ
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■医学の価値+宗教の価値=AAの価値?
GHQは占領政策として、対米戦争を支えたさまざまな仕組みを解体したり、統制の対象としました。その中には宗教も含まれていました。なぜならば宗教も戦争遂行に協力したからです。その点は、神道だけでなくキリスト教その他も同じでしたが、やはり目立ったのは国教とされていた国歌神道でした。神道指令によって政教分離が図られ、同時に国民に信教の自由も与えられましたが、日本人にとって敗戦は新しい宗教への移行の機会ではなく、むしろ宗教を信じることの失敗体験として世代の記憶に刻まれることになりました。

そんなわけで、戦後生まれの僕らは、宗教によって自分が救われたという経験を持ちません。医者を頼って何らかの困難から救われた人は(例えその困難がインフルエンザ程度のものだったとしても)、医学の価値を認めます。その人にとってその救済は経験的真実であって、他者が何と言おうと否定できないものだからです。

宗教を信じている人は、信じることによって困難から救済された経験を持っています。その人にとってその救済は真実ですから、当然宗教の価値を認めます。しかし、はなから宗教を試してみようとしない現在の平均的日本人は、困難から救われた経験を持たないわけですから、その価値を認めることがなかなか難しいのです。

(つまり、人間は自分が経験していないことの価値を認めることは難しく、それをするためには意識的な努力が必要なのでしょう)。

AAは医学でも宗教でもありません。しかし、その両方から考えを借りています。だから、AAの価値を理解するためには、医学の価値も、宗教の価値も分かっていないとなりませんが、後者の条件はちょっと難しいのかもしれません。

ビッグブックの第4章にこうあります。

「自分を超えた偉大な力への信仰と、その力によって人生に現れる奇跡は、人類が始まってからずっとあったのだ」(AA, p.80)

医学や精神医学や心理学は、多くの人を困難から救ってきました。しかし、近代にそうしたものが登場する以前から、信仰は多くの人を困難から救ってきました。そして、現在でも信仰は多くの人を救い続けています。医学や心理学だけが人を救いうるわけではない、当たり前の話ですが。

AAは常任理事会という執行機関を持っている、という話を前の雑記で書きました。常任理事会にはA類(Class A)と呼ばれる「アルコホーリクでない人たち」が混じります。多くの場合、アルコール医療に関わる専門職の人にお願いしています。それだけでなく、海外では宗教家にA類をお願いしている例が多いのです。このことはAAが医学と宗教の両方に立脚している事実からすれば自然なことです。

しかし、日本のAAでは(僕の知る限り)過去から現在まで宗教家にA類常任理事を依頼したことはありません。これも日本の社会が日本のAAに与えている影響のひとつでしょう。AAも社会の中に存在する以上、社会の影響を受けるのは当然ですが、あまり医学の側に偏りすぎるのも心配です。

AAは宗教ではありませんが、人間(やその集まり)を越えた偉大な力を信じることが含まれています。12ステップの再興運動が何年も続いた結果、最近では「私は12ステップをやった」と言う人もずいぶん増えてきました。しかし中には本当に12ステップに取り組んだかどうか怪しい人もいますね。もしその人が、12ステップを通じて「神によって自分の人生が救われた」という経験を持つなら、12ステップがその人に効果を現したと言えるでしょう。

宗教や信仰によって救われた経験を持たない人が、宗教・信仰の価値を認めるためには、知性の働きが必要です。けれど、わざわざ難しく考えなくても、実際に経験してみればよいのです。普通の人は、経験をするために宗教に入ってみようとは思わないでしょうし、そんな深刻な困難も抱えていないことでしょう。だが、アルコホーリクであれば、アルコホリズムという深刻な困難を抱えているわけですから、12ステップに取り組んで経験してみる、というのもひとつの手だと思います。


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09月24日(火)
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