ID:1488
頑張る40代!plus
by しろげしんた
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■めでたい
はい、今日はぼくの誕生日です。
しかし、公表してなかったのに、なぜわかったんだろう?
昨年何かで言ったのかなあ。
まあ、いいや。

今日で45歳。
あと5年で50歳か。
あっという間だろうなあ。
このサイトも、長くともあと5年で終わってしまうことになる。

今の心境を一休ばりに言えば、「誕生日 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」といったところだろうか。
まあ、長生きというのはぼくの辞書にはないから、「めでたくもなし」というのはないことになる。
ということで、「めでたし、めでたし」である。

めでたいと言えば、昔博多にいた仙涯という名僧を思い出す。
仙涯は、その悟境もさることながら、書画にも優れた人だったという。
ある人が「娘が結婚するので、何か一筆たのみます」と、仙涯のもとにやってきた。
仙涯はさっそく筆をとると、『死ね死ね』と書いた。
依頼人は顔をしかめ、「『死ね死ね』とは、あんまりにございます」と不平を訴えた。
仙涯は涼しい顔をして、「では、続きを書こう」と言い、『と言うまで生きよ 花嫁子』と書き添えた。
『死ね死ねと 言うまで生きよ 花嫁子』
依頼人は、丁重に礼を述べて帰ったという。

「めでたい」を漢字で書くと、「目出度い」となる。
ぼくは小さい頃、よく人から「出目金」などと呼ばれていた。
別に目が出ているわけではない。
ただ目が大きかっただけだ。
小学校も高学年になると、みんなも目が出ているのと、目が大きいのは違うというのがわかったようで、それからは「出目金」などと呼ぶ人はいなくなった。
ただ、相変わらず目にちなんだあだ名で呼ばれてはいた。
「めんぐり」である。
あまり好きなあだ名ではないが、今でもこれをメールアドレスのアカウントなどに使っている。
本当は「しんた」を使いたいのだが、この名前ではなかなかアカウントがとれない。
かといって、他になにも考えつかないから、小学校以来のあだ名でまかなっているわけだ。

「めでたさも 中ぐらいなり おらが春」は一茶の有名な句である。
中ぐらいのめでたさとは、どういうものなのだろうか。
彼の一生を見ると、そういう中庸を保てるような人ではなかったような印象を受ける。
俳句の大家がめでたくて、遺産相続でもめたことがめでたくなかったのだろうか。
そういう場合、人の気持ちというのは負の方に傾くと思うのだが。
もし意中の人から愛を告白されても、家に重病人を抱えていたりしたら、それをハッピーだとは思わないだろう。
「気持ちはうれしいけど、今はそれどころじゃない」となるはずだ。

さて、今日から45歳である。
いいかげん44歳と書くことにうんざりしていたので、しばらくは新鮮な気持ちで年齢を書けることだろう。
また、一級下の者と同学年扱いされなくてすむ。
「しんたさん、失礼ですけど、おいくつですか?」
「44やけど」
「おっ、おれと同い年やん」(急にタメ語である)
「何年生まれ?」
「33年」
「一級下やないか」
というやりとりもしなくてすむ。
めでたいことである。
11月08日(金)
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