ID:14142
リュカの日記
by リュカ
[569745hit]
■
その上で「厳しい状況やなぁ」と言っているのだそうだ。
明日、親父の友達たち四人が病室に面会に来るのだそうだ。
母親が「もし○○一人で病室に行ってその人たちと会ったら『長男の○○です。遠いところありがとうございます』くらい言っておきなさいよ」と言う。
俺は「うち、完全に愚兄賢弟やからな。そういうの××が全部やってくれてる」と言うと「そんな事ないわ。あんたはあんたで出来る事し。そこらへんはあんま気にせんでええで」と。
サイゼリヤで俺が日記を書いてる事について(母親はブログだと思ってる。俺がそう説明したし)、母親は「そんなんいちいち書かんとき。人に読まれてるんやろ?」と言うので、俺は「ブログは自分で読み返す為に書いてる。記録やな」と。
母親は「そんなん時間の無駄やわ」と言うので、俺は「でも親父も俺が10代の頃『日記は書いた方がええ』って言うとったわ」と。
母親は「でも『ブログ書け』とは言うてへんかったやろ?」と。
俺は「あの頃はブログなんて存在自体無かったわ。俺も17歳の頃日記帳に日記書きよったけどな。文字書くんがしんどくて辞めたけど」と。
現在午後21時32分。
家に帰ってきた。
病室じゃ親父は殆ど眠ってた。
母親が、親父が食べなかった病院食のパン2つ、「あんた、これ家に持って帰り」と言うので、その通りにした。
「(俺の)朝ごはんにするわ」と。
親父と別れて電車の中で母親が「あんたのメールアドレス教えて」と言ってきたので「おかんの携帯に登録しとくわ」と言って登録しといた。
母親が「あんた、今までメールアドレス絶対に教えてくれへんかったのにな?」と言ってきたので「まあまあ、こういう時やからな」と返答。
地元に到着し、スーパーで買い物して家に帰った。
昨日気づいたのだが、昨日の時点でスーパーにクリスマスのイルミネーションが施されていた。
いつから飾ってあったんだろう。
病室で貰ってきた、親父が食べなかったパン。

この2つのパンを入れた袋を持って帰ったのだが、電車の中であま〜い匂いが漂ってきた。
もちろん親父の許可は取ったし、看護師さんに向けて「パンは家族が持って帰りました」と母親がメモを残していた。
親父に誕生日の「おめでとう」を言ってもらえたのも、あれが最後になるのかもしれないな。
そう考えると、誕生日に病院に行けてよかったと思う。
昨日俺がDVDを持って行った後、母親が「悪かったな」と言い、俺に千円札を渡してきた。
俺は「年末に期末扶助ってので多く保護費もらえるから、全然大丈夫やで?」って言ったのに「いいから取っとき」みたいに。
生活保護で国から貰ったお金で親父に何かしてもらう、というのが母親的には嫌だったのかもしれないな。
弟に「お兄ちゃんが面白いと思う物持って行ったり」と言われ、「俺が面白いと思う物なんて持って行って、がんかもしれない親父に対してそんな自己満足の押し売りみたいな事していいのかな・・・」と俺の中で葛藤があったので、きっぱり「要らん」と断られたのは逆に良かったのかもしれないな。
母親の携帯はスマホなのだが、メールを打つ時いちいちボタンを連打しているので、フリック入力の事を教えた。
「練習しとき」と。
俺、今日サイゼリヤで母親に言ったんだよな。
「『礼服なんて買ったら人死にが出そうで嫌やわ』って俺前から言ってたやん。それで、礼服買ってもらって3ヶ月ちょっとで親父のこのがん疑惑。やっぱ礼服買ったんがあかんかったんかな・・・」と。
母親は「でも、礼服なんて結婚式じゃ嫁入り道具として送られたりする物やし、全然普通やで。○○のケースは特殊なだけで、大人やったら絶対一着は持ってなあかん服やから」と。
今日はサイゼリヤで、母親のパート先の仕事仲間(女の人)の娘が、結婚相手の男からDVを受けている話を聞かせてもらった。
男は、奥さんをボコボコにしたりするのだが、奥さんが実家に戻ると泣きながら「俺が悪かった」と言うのだそうだ。
それで戻ってきたらまた殴り。
[5]続きを読む
11月29日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る