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リュカの日記
by リュカ
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俺は「ディズニーランド行った時とはまた別の時で?」と。
父親は「そうや」と。
それから祖母が俺に「(弟に続いて)次は○○の番やな」と。
俺は今度祖母に結婚の話を振られたら「俺は一生結婚せえへんと思う」とはっきりと明言してあげたいと思ってた。
変に期待を持たせるのは可哀相だから。
でも、生来の臆病風が吹いたのか、俺はとっさに「そうやなぁ」と同調してしまってた・・・
今でもそれを後悔している。
それから母親の着付けが終わり、××家(弟の親族)、△△家(相手方の親族)の控室にそれぞれ入る事となった。
控室に向かう途中、俺も両親の後から歩いていたのだが、二人の後ろ姿を見ながら「弟と違って俺はこの二人に、結婚という幸せを与えてあげる事が出来ないんだ・・・」ととても申し訳ない気持ちがこみ上げてきた・・・
控室に到着。
控室には俺と両親と母方の祖父母。
俺がタバコを吸いに喫煙所に行こうとしたら(携帯用灰皿を持ってきた甲斐も無く、式場には喫煙所があった)父方の城崎の家に住む伯母が現れた。
俺はそのまま伯母に声をかけて、××家の控室に案内。
伯母は「○○君、カッコイイ服買ってもらったね。メガネもよく似合ってる」みたいな事を言ってくれた。
俺はまたまたタバコを吸いに出ようとした。
すると今度は東京に住んでいる母方の叔父と叔母と従弟に遭遇。
俺はまたまたその3人に声をかけ、××家の控室に案内。
それから城崎の伯母の息子にあたる東京に住んでいる42歳の俺の従兄もやってきた。
俺が嫌っている媚び売り従兄の兄にあたる人で、この人はとてもいい人だ。
いつもロン毛のパーマをかけているのだが、今日は髪も短く刈り込んでさっぱりとした出で立ちだった。
それから、城崎の伯母の夫にあたる俺の伯父もやってきた。
そして、普段全く顔を合わすことの無い父方と母方の親戚同士で握手しあったり、一緒に写真を撮り合ったりしていた。
父方の東京の従兄と、東京の母方の叔父で「同じ東京に住んでいます」とあいさつし合ったり、微笑ましい光景が続いた。
まだ俺の対人恐怖症はこの時点では発症していなかった。
むしろ、そんな顔を合わせる事の無い両家が仲睦まじく親睦を深めている光景に感動していた。
両家の親族が顔を合わせている場面なんて、めったに見れる物じゃないから。
そして父方の大阪に住んでいる伯父夫婦が到着。
俺の目からは親父と絶縁状態が続いているように見えて、実際父方の城崎の田舎にも全く帰らない伯父夫婦だから、その姿を見るのは十数年ぶりとなった。
確か、2000年にミレニアム記念で親父が旅館で宴会を開いて、その時が最後だったと思う。
大阪の叔母の姿はそんなに変わっていなかったけど、伯父がすっかりおじいちゃんになっていて驚いた。
実際、二人の娘が子供を産んで「おじいちゃん」をやっている人だけど。
背も高かったはずなのに、かなり縮んでしまってた。
それでも俺よりかは高かったけど。
それからタキシード姿の弟が控室の方にやってきた。
弟は相変わらずイケメンだった。
俺とは疎遠な状態が続いてて、兄弟関係もギクシャクしてたけど、俺が「おめでとう」と言うと「おお、ありがとうw」と返してくれたのが俺にはとてもとても嬉しかった。
弟は親戚たちに「お忙しい中、本当にありがとうございます」みたいに敬語で話してて、「弟もこんな風にちゃんと礼節を尽くせるんだ。立派な社会人だな」みたいに関心していた。
俺は親戚相手なら基本ため口で、弟みたいに敬語を使ったりは出来ないから。
それから△△家の人たちもうち、××家の控室にやってきた。
真ん中の道を挟んで、向かい側に△△家の親族たちが座り始めた。
それから花嫁が部屋に入ってきて、親族紹介が始まった。
父親がそれぞれ一人一人紹介していって、名前を当てられた俺は「○○です。よろしくお願いします」と相手方の親族たちにお辞儀した。
まだ俺の対人恐怖症は発症しない。
それから控室での記念撮影となった。
父方の親族だけ、母方の親族だけ、××家揃って、色んな組み合わせでそれぞれ写真を撮り合っていた。
それからバスで結婚式場まで移動する事になった。
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09月28日(土)
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