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リュカの日記
by リュカ
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メッセの子は「その事はどうでもよくなった」と言った。
俺は「はい。こんな時になんだけど、ショタコンの身元とか色々まとめたリスト作って、○○達の間だけでも回した方がいいと思う。二次被害を減らすっていうか、××××(メッセの子が所属する団体名)の間とかでも」と言った。
メッセの子は「はい」と言った。
そこでメッセの子からのメールは途切れた。
俺は少し安心した気持ちになった。
どんな事だろうが、知るのが怖い。意識させられる事も恐ろしい。
俺はエア・ギアの14巻を読み終えた。
続いて、美術の本を読み始める。
途中でコーヒーが切れたので、もう一杯注文しようとレジに行く。
さっきと同じVentiサイズのコーヒーを注文したら、店員さんに「おかわりですね。おかわりは100円で良いです」と言われた。知らなかった。
俺は今まで、2杯目を注文する時は、決まって最初と同じく430円出してきたのだ。今日おかわり100円と知らされて、得をしたのか損してきたのか。
とりあえず、俺は100円払ってさっきと同じVentiサイズのおかわりをもらった。
またテーブルについて、美術の本の続きを読む。
E君が女共に監禁されてた事に対するやりきれなさが、またグワァっと蘇る・・・
それでも続きを読み続ける。
コーヒーに口をつける。
そして、また少し落ち着いてきたかな、と思った瞬間また辛くなる。
そんな事が繰り返される。
ショックでやりきれなくなる度に、拳をギュっと握って苦痛に顔を歪めてしまう。本当に、泣き出したいような気持ちが続いた。
皮肉な事に、こんな風に胸の痛みを感じている時こそ、俺の集中力、理解力は高まっていく。
男の子の事や、今自分が感じている気持ちとか、それらを色んな事に関連付けて本を読むので、記されている内容だとか概念だとかがスラスラ吸収されていき、理解力も高まって。
俺は、自分の気持ちや伝えたい事を表現するなら、文章にするのが一番良いと感じてる。俺にとっては、それが一番得意であるから。
俺は今で10年くらい美術に携わってきたけれど、絵とか造形で自分の気持ちを誰かに伝える事は自分にとっては不可能だと常々感じ続けてた。
俺にとって美術とは、如何に写実的に上手に描いたり造れるか。その一点のみだった。それでいて、俺にはデッサン力や造形力がまるで無く。
俺の中には、社会や人間に対して主張したい事、批判したい事が腐るほどある。なのに、それを自分の分野である美術で表現する術を持たない。
しかし、今回集中力がこれ以上ないくらいに高まっている状態で美術の本を読んでいて、自分の持つ概念みたいなものを文章以外で伝える術が浮かんでしまった。
10年目にして(11年目?)、初めて主張と手法が結びついたというべきか。
俺は本当に無気力過ぎるくらいに無気力な人間なので、それを形にするかどうかは分からないけど。とにもかくにも、一つの可能性みたいなものが見えてしまった。
スターバックスは午後22時に閉店で、俺は午後21時50分頃におかわりした2杯目のコーヒーを飲み終えた。そろそろ店を出なければならない。
帰り際に、俺はまたVentiサイズでコーヒーのおかわりを頼んだ。
そして、新しく出された3杯目のコーヒーを手に持って、店を後にし家に帰った。
帰り道も、ずっとシャベルで抉られたように胸が痛み続けてて、足取りも重くて。
自分の部屋に戻った瞬間、頭を抱えて少しの間呻いてた。
E君をそういう目に遭わせた奴らに対する憎しみが沸いてこなくて、ただただやりきれなくて悲しい気持ちだけを感じてしまう。
汚い奴らをもっと憎んでいたいのに、何故だか悲しむだけになってしまう・・・
俺は「罪を憎んで人を憎まず」という言葉が大嫌いだ。
そんな概念自体が許せない。
下衆い行いをした奴を、憎んで憎んで憎んで憎んで、これでもかというくらいに憎み倒してやらなければ気が済まないのだ。
なのに、最近の自分はそういう奴らに対する憎しみよりも、悲しみばかりを感じてしまう・・・
まともに憎む事が出来なくなってる・・・・
それが凄く許せない。
現在2007年1月28日午後23時22分。

ここから2007年1月29日の日記となる。

現在午前0時24分。

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