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【保存版】光玉の勲章はインチキ勲章
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■(fake 009 真光業の真実 )
 そこで彼女の実生活を聞いていただきたいのですが、それは質素で、現在住んでいるアパートは六畳一間で家賃が1万5千円。共同便所に共同炊事場といった環境のところに住んでいます。
 部屋の中にはファンシーケースと鏡台があるだけで、他に家具らしいものはほとんどありません。
 彼女の一ヶ月の生活費を簡単に計算してみると、一日の食事代が600円、朝食抜きで昼食は月のうち半分は抜いていますし、食事をする場合でも最高250円まで。夜の食事もインスタント物かよく使っても350円までです。ですから一ヶ月の食事代は最高で1万8千円程度です。
 それに風呂代や光熱費が1万円そこそこ、その他諸々の雑費を入れても一ヶ月5万円くらいの生活をしており、他にほとんどお金を使うことはないようです。もちろん衣類や化粧品などは一切買いませんし、いつも他人からもらった服を着ているといった具合です。
 月々もらう給料から必需品を除いても、毎月8万円くらい残るはずなのですが、それを貯金するのならともかく、それとなく本人に聞いてみると、自分の食べる物や着る物まで切り詰めて残したお金を、ほとんど教団へ注ぎ込んでいるらしいのです。
 こうして書きますと、本人がいいと思って納得づくでしていることだから、他人がそこまで首を突っ込む必要はないとお叱りを受けるかもしれませんが、一人の友人として見て見ぬふりはできないのです。宗教団体というのは、こんなに信者の生活を苦しめていても平気なのでしょうか。もちろん、本人はそれが一番いいことだと思い込んでいるのですから、所詮私一人の力でどうこうすることはできません。しかし、彼女のような例はいくらでもあると思うのです。
 神を信じ宗教に没頭すればするほど苦しい生活を強いられます。こんな矛盾したことが許されていいのでしょうか。教団では信心すれば幸福になると教えます。でも実際にはそれと反対のことが行われている。これが教団の実態なのです。
 私が言いたいのは、宗教に凝りすぎると本人の気持ちがだんだん閉鎖的になって、自分と同じ宗教を信じている者しか信用しなくなり、一人二人と友達を失い、しまいには彼女のように自分のすべてを犠牲にして、それが当然のことのように思い込んでしまうのです。
 彼女の場合を見ますと、いつもにこにこしていたのに、最近では変に理屈っぽくなって楽しく話したり、接することがほとんどなくなりました。こんな状態を目の当たりに見ますと、宗教というものが怖く思えてなりません。
 教団としても多くの信者の私生活を把握することは不可能だと思いますが、信者の実生活を知らずして、単に口先だけで幸福を説いてもそれはまやかしの教えだと思うのです。綺麗事を並べ立て、弱い立場の信者から容赦なくお金を吸い上げ、信者の生活を平気で犠牲にする信仰が本物の信仰なのかどうか皆さんに考えていただきたくペンを取った次第です。
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信者を嵌める欲望の神々(7) No: 5778 [返信][削除]

投稿者: 03/04/10 Thu 19:39:41
「新興宗教被害と悩み解決法」 田中一京著 青年書館 87.11
105-110頁
<神や霊の存在を絶対視すぎて自我や理性を失っている>
 信者心理の特徴として、神や神の意思を伝える教祖、あるいは教団の教えには絶対に逆らえない面がある。しかし、だからといって自己の意思をすべてねじ曲げてまで従順になる必要はないのだが、現実を見てみると宗教に洗脳され盲信している信者は理性を失い、自己の信奉する宗教教団の意のままに操られ、動かされているといっても過言ではない。
 信者が信仰に没頭し、宗教精神を享受しようとする姿勢そのものは決して間違った行為でも、他からとやかくいわれる筋合いのものでもないが、ただ、神や教祖教主の教えを絶対視するあまり、正常な考え方ができなくなってくると、少々事情は違ってくる。
 そこで、理性を失っている信者のどこに危険性が内在しているのか、病気を治したいばかりに教団の言葉を信用し、宗教に洗脳されている信者の宗教意識を見てみることにしよう。

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05月31日(木)
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