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暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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■007 Insight
岡田氏は、大量で多岐にわたる情報の中から、自分は現代の混迷を正す役割を神から与えられたのだという主張を支持する情報を集めた。彼は良く知られた日本の伝説や神話に対して新しい意味や説明を考え出すことさえして、事実をねじ曲げて彼の目的に合うようにした。彼が以前にいた教団であるS界救S教と真光との主な違いは、岡田氏の軍人としての固定観念に伴う先入観から生じている。

英語/日本語の翻訳: オリジナルの日本語の教えを調べることは興味深い。岡田氏は関連する教えを一つにまとめず、むしろ教えをまとまりのない形でたくさんの書物に分散させている。このようにして、その底流にある哲学が隠されてしまっている。客観的な研究者は、その教えの階層と岡田氏の哲学の意図に対する基本的な洞察を得るためには、初級、中級、そして上級研修を受ける必要がある。岡田氏の教えを深く調べようとする信者でさえ、それは難しくて時間がかかり、日本語が読み書きできることが必要なため、あきらめてしまう。信者はとにかく日本語を理解する必要はないと言われる。岡田氏の教えは「黄金の光」に乗っており、その本は「光」を放射しており偉大な救いをもたらすとされる。結果として、ほとんどの真光の信者、特に日本人でない信者は、岡田氏の言葉の中に何が含まれているのかを知らない。普通の信者たちは、指導者に教えられたとおりの非常に浅くて個人的な理解に基づいて教団を弁護しようとする。ある意味で、真光の信者は岡田氏の教えを分析的な視点から読む気力を奪われている。どのような混乱も、解決するために手をかざして「光」を与えよ、「もっともっと光を与えよ」と指導される。愛とか調和とか利他愛などの、「心地よい言葉」に包まれつつ、感情的に反応することが奨励されている。

彼の教えの中にある、日本語と英語の言葉づかいは非常に巧みである。ロマンチックで健全な概念が、彼のゆがんだ歴史認識と、一般的な認識を彼独自のイデオロギーに変更させようとする熱意を挟み込んでいる。この研究の著者が参照している真光の情報源の多くが、今だに英訳されていない。日本語のものでも英訳でも、現在の状況にうまく合致するように変更されていることは明らかである。つまり、1978年の厳しい裁判を戦ったあとに設立された○○真光は、すべての出版物から岡田氏の元の教団名であるS界真光文明教団という名前を消し、岡田良一氏によって使われた名前としてその名前「○○真光」を挿入することさえしている。岡田氏が○○真光が設立される4年前に亡くなったという事実は、彼ら(○○真光)にとっては信用問題とはならないらしい。これはまた、面白いことでもある。なぜなら、岡田氏ははっきりと自分の言葉を変えてはならないという教えを残しているからである。

02月27日(木)
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