■ 腰痛日記 ■
ケイの10年にわたる痛みの治療体験を少しずつ書いていきます

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2003年11月17日(月) 認知の歪みの定義(6)


::::::『いやな気分よさようなら』より::::::
デビット・D・バーンズ

■拡大解釈と過小評価■
(magnification and minimization)


これもよく陥りやすい罠です

私はこれを
「双眼鏡のトリック」
とも呼んでいます

つまり対象物を拡大して見たり
縮小したりするという意味でです

「拡大解釈」の方はミス
恐れや何か不完全なことに
必要以上に注目すること
によって起こります

「何てことだ!
またミスをやってしまった
これでまた評判がガタ落ちだ。」

この場合
双眼鏡の片方からのぞいて
失敗を巨大なものに
拡大して見ているのです

ちょっとした日常的な失敗を
悪夢のように
感じているわけですから
これを
「破滅化catastrophizing」
とも言います


これとは逆に
自分の長所を見る時には
双眼鏡の反対側からのぞいてしまい

それを取るに足らないものとして
見てしまいます

もし短所を大げさに感じ
長所を過小に評価するとしたら
惨めになること受けあいです

悪いのは何もかも
狂った双眼鏡のレンズなのです




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表向きは人当たりがよくて
控えめに見せているのですが

こんな風に
日記を書いるとおり
自己顕示欲は旺盛だと思います

自分の考えていることを

知って欲しい(*^.^*)

分かって欲しい(^-^)ゞ

認めて欲しい(^-^;

のです。。。



2003年11月16日(日) 認知の歪みの定義(5)-��


::::::『いやな気分よさようなら』より::::::
デビット・D・バーンズ

■結論の飛躍■
(jumping to conclusions)

�∪萋匹澆慮蹐�
(the fortune teller error)


これは言ってみれば
不幸しか映らない
水晶の玉の前に座った
占い師のようなものです

あなたは
そこに映っているものを見て

たとえそれが
非現実的であったにしても
実際に起こってくるものと
信じこんでしまいます

ある図書館司書は
不安発作の間中

「気絶するか
さもなくば発狂してしまうに違いない」

と思い続けていました

この予測は現実的ではありません
なぜなら
彼女は生涯で一度も気絶したり
まして発狂したことなどないからです

またうつ病にかかったある医師は
なぜ診療をやめたのか
説明してくれました

「もう一生うつ病に
かかりっぱなしだということが
わかったからです

どんな治療も成功しないに
決まっていますし

私の憂うつは永遠に続くのです。」

このように予測すると
当然全く望みがなくなってしまいます

治療が始ってまもなく
うつ症状が改善し
この予測の誤りが
明らかになったことは
言うまでもありません

-------------------

このように悲観的な結論に
一足飛びに
ジャンプしてしまったことは
ありませんか

たとえばあなたが友達に
電話をかけたとき

たまたま相手が
席をはずしていたとします

あなたはすぐに電話を
向こうからかけてくれるよう
お願いしましたが
ついに電話はきませんでした

このときあなたは
彼はきっと自分を嫌っていて
電話で話したくないに違いない、


と考えて
憂うつになったとします

このときの認知障害は何でしょうか?

「心の読みすぎ」です

またもう一度
こちらから電話したりしては
ますます嫌われるだけ
と早合点して

二度と向こうに
電話したりはしません

これは
「先読みの誤り」です

つまり
これにより友達を自分で遠ざけ
自らも憂うつになったわけです

しかし実際は
あなたの伝言が
向こうに伝わらなかった
というだけにすぎないのです

このような考え方は
自分自身に押しつけた
デタラメです




心の↑(投票ボタン)
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::::::::::::::::::



2003年11月15日(土) 認知の歪みの定義(5)‐��


::::::『いやな気分よさようなら』より::::::
デビット・D・バーンズ

■結論の飛躍■
(jumping to conclusions)

�/瓦瞭匹澆垢�
(mind reading )


他人があなたを見下している
と思い込んでしまうと

はたして本当にそうなのかを
確かめようともしなくなります

たとえばあなたが大学の先生で
とてもすばらしい講義をしたとします

しかしあなたは一番前の席で
居眠りをしている学生を
見つけました

実際にはこの学生は
前の晩に遅くまで
ばか騒ぎをしていたために
居眠りをしていたのですが

もちろんあなたは
そんなことは知るよしもありません

あなたはこう考えました

「どの学生も私の講義を
退屈がっているんだ。」


またあなたが道で
友達に会いましたが

その友達はたまたま
考え事をしていたために
あなたにあいさつをしませんでした

あなたはこう考えました

「奴は俺を無視した
もう嫌われてしまったに違いない」


またある晩
あなたのご主人が
ちっとも口をきいてくれません

その日
職場で嫌なことがあったからです

でもあなたは
「主人はきっと私のことを
何か怒っているんだわ」
と考えて

すっかり憂うつになってしまいました

そしてあげくのはては
このような考え方ゆえに
相手に気まずい反応をしたり
逃げ出したりすることになります

つまり
一人相撲をとって
関係を悪化させることになります

心の読みすぎとは
このようなものです
::::::::::::::::::




(^-^;(^-^;(^-^;↑(投票ボタン)
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って威張ってどうすんの(^-^)ゞ

でも・・・


皆さんも
心を読みすぎでいませんか?



2003年11月14日(金) 認知の歪みの定義(4)


::::::『いやな気分よさようなら』より::::::
デビット・D・バーンズ

■マイナス化思考■
(disqualifying the positive)


うつ病でもっと始末の悪い錯覚は
何でもないことや良い出来事を
悪い出来事に
すり替えてしまうことです

単に良いことを
無視するだけではなく
正反対の悪いことに
替えてしまうのです

私はこれを
「さかさま錬金術」
と呼んでいます

中世の錬金術師は
ただの鉄を金に変えることを
夢見ていましたが

うつ病者はこれのちょうど
反対をやろうとしています

つまり黄金の喜びも
鉛の気分に変えてしまうのです

しかもそれを意識することなしに


このことは
誰かにお世辞を言われたときに
あなとのとる態度のことを考えると
理解しやすいでしょう

たとえば仕事とか
服装とかについて
誰かにお世辞を言われたとします

おそらくあなたは

「あの人はいい人だから
お世辞を言ってくれるんだ」

と考えて
その人の言ったことを
あまり大きくとりあげなくて

「いや、たいしたことありませんよ」

と謙遜するでしょう

この場合
お世辞に対する反応ですから
これで良いのですが

もし万事この調子で
人から言われた誉め言葉や
他の良いことを無視していては
さぞ暗い人生になってしまうでしょう

マイナス化思考は
認知障害の中でも
最もたちの悪いものです

たとえば
いつも自分のことを
二流だと思っている科学者は
実験がうまくいかないと

「やっぱりそうなんだ」

と考えますし
もしうまくいっても

「これはまぐれだ」

と考えます
このような考え方は悲惨です

そして時に
ひどいうつ病を引き起こします


重症のうつ病で入院した
ある若い女性は私に言いました

「私はどうしようもない人間だから
世の中で誰一人
私のことなんてかまってくれません
私って完全に孤独なんです。」

彼女が退院したとき
たくさんの患者や
病院のスタッフが見送りました

しかし彼女は言いました

「これは本当のことでない
病院の外の世界の人なんて
誰も私のことはかまってくれないんです」

そこで私は聞きました

「病院の外だって
家族や友達がたくさんあなたのことを
心配しているじゃないですか
それをいったいどう考えるんですか?」

彼女の答えはこうです

「それも本当のことじゃないんです
みんな私のことを知らないんです
いいですか、バーンズ先生
私は完全に腐った人間なんです

この世で一番悪い人間です
一瞬でも誰かが好いてくれるなんて
ありえないことです。」

このようにマイナス化思考によって
明らかに現実と異なる歪んだ
マイナスの信念をもってしまうのです

もちろん
たいていは
ここにあげた例のように
極端ではないにしても
良い出来事を
無視してしまうことはありませんか?

そのようなやり方は
人生の豊かさを奪い
必要以上に寂しいものにしてしまいます
::::::::::::::::::::




自分を褒めて↑(投票ボタン)
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昨日とても悲しいことを
知りました

長い間
学校や地域の子供達の
世話をしていた方が
自ら命を絶ちました

病気の奥さまと3人の子供を残して

詳しい事情は分かりませんが
会社の倒産が一因のようです

お子さんの一人は
家の息子と同級生

病気のお母さんに代わって
買い物をする姿を何回か
見かけました

胸が痛みます



2003年11月13日(木) 肩こりこり

一昨日書いた肩こりのことが
気になってしょうがない
こだわりのケイしゃんです

英訳サイトで調べたら

肩凝り → stiffness of the shoulders
腰痛 → Lumbago

となりました

とは言っても
学生時代から英語は大の苦手

知人の翻訳の専門家に
ちょっとお聞きしてみました


:::::::::::::
英語でも
stiff shoulder
(時には、stiff neck)

shoulder stiffness
suffer from a stiff neck

なんて言いますし
他にも

discomfortやtenseを使って
表現することもあります

「upper trapezius(上部僧帽筋)がpainfulだ」
というような言い方には
日本語の「肩凝り」も
含まれていると思っています

個人的には
(これ、重要!)

肩の違和感・不快感を
「痛み」と表現するか
「凝り」と表現するか

あるいはまた別の言い回しで
表現するかの違いでは
ないかと思っています

「肩凝り=○○」
に当てはまるものがないというだ
けなんじゃないでしょうか?

 日本語だって
「肩が凝る」
という言う人もいれば
「肩が張る」「肩が痛い」

という人もいるのと
同じだと思います
::::::::::::::::

そっか!




け・ど!↑(投票ボタン)
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2003年11月12日(水) 認知の歪みの定義(3)


次男と三男。。。カシャ!




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■心のフィルター■
(mental filter)



何でもいいですから
何かよくないことを思い出して
そればかり考えてみてください

そうすると何もかも
暗く思えてくるはずです

たとえば
あるうつ病にかかった女子大生は
一番の親友が他の学生に
からかわれたのを聞いて
次のように考えました

「人間なんてこんなものだ
残酷で人の気持ちなんて
わからないんだわ」

しかしこのとき
彼女はここ数ヶ月間
自分に対して残酷だった人など
ほとんどいなかったという事実を
全く見過ごしています

また中間テストで
百問中十七問を間違えましたが

彼女はこの十七問のことばかり考えて
もう落第してしまうに違いない
と思うに至りました

しかし事実は
百問中八十三問正解だったわけで
落第どころかAをとったのです


うつ状態の時には
特別製のレンズがついたメガネをかけて
世の中のポジティブなこと
明るいことを見えなくして
しまうものなのです

意識に上がってくることは
何もかも
ネガティブなことばかりになります

そして
このようなフィルターが
かかっていることに気づきませんから
世の中真っ暗に感じられるのです

専門用語でこれを

「選択的抽象化 」
(selective abstraction)

と言います

これは無用の苦痛を引き起こす
悪い習慣です

::::::::::::::::




あ〜あ(ノ-_-)ノ ~┻━┻↑(投票ボタン)
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まさにフィルターが
かかっている状態なのか?



2003年11月11日(火) 認知の歪みの定義(2)


クゥのシッポを激写。。。カシャ!




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デビット・D・バーンズ

■一般化のしすぎ■
(overgeneralization)


十一歳の時私はアリゾナのお祭りで
「スベンガリ」という
手品トランプを買いました

それは単純ですが
印象的な手品です

トランプの中から一枚だけ
カードを選んでください

たとえばそれがスペードのジャック
だったとします

私にそれが何であるかは言わないで
それをカードの山の中に戻してください

私が「スベンガリ!」と言います
そしてカードを表にすると
カードはすべてスペードのジャック
になっているのです

「一般化のしすぎ」というのは
精神的にこのスベンガリ
をやるようなものです

つまりすべてのカードが
スペードのジャックに変わったように

あることが一度あなたに起こったとすると
それが何度も何度も
繰り返し起こるように
感じてしまうということです

それもとても不愉快なことが
起こるように感じますから
すっかり憂うつになってしまうのです

あるうつ病のセールスマンが
車を運転中に
鳥がフロントガラスにぶつかりました

「これこそ私の運命だ
運転するたびに鳥がぶつかってくるんだ」
と彼は考えました

これこそ典型的な「一般化のしすぎ」です

実際には二十年間も車を運転していて
鳥がぶつかったことなど
このとき以外ないのです

拒絶を恐れる心理も
この一般化のしすぎから生じます

一般化のしすぎさえなかったら
拒絶されたとしても
もちろん一時的にはがっかりはしても
それほど致命的に
傷つくことはないはずです

ある内気な男性が勇気を奮って
女の子をデートに誘いました

彼女はたまたま都合が悪くて
それを断りました

彼は
「デートに誘ってうまくいったためしがない
誰も僕なんかとデートしたくないんだ
もう生涯孤独で
寂しい人生を送らなきゃならないんだ」
と考えました

彼の歪んだ認知によると
一人の女性が一度断ったということは
その人はこれからもずっと
自分を拒否し続けるに違いないし

女性というのはすべて
同じように自分を常に拒否する
だから自分はこれから先も
地球上のどこでも
女性に愛されることはないのだ

という結論になってしまうのです

これこそまさに「スベンガリ!」です

::::::::::::::::::::




いやな予感?↑(投票ボタン)
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「二度あることは三度ある」

ということわざ

悪い事が起こったときに使うことが
多いですよね

常識とかことわざって知らないうちに
呪いになっていることがあるのかも?

未確認情報なのですが
コロンビア(だったかな?)には
肩こりの人はいないとか?

そもそも『肩こり』という
単語が無いのかも?

なんて思ったケイしゃんです


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