************************* ・・・・・ 前半略 ・・・・・
飲食店に行ったとき、たいていの日本人は他人が何を注文するかを気にします。 誰かが何かを選択すれば 「じゃあ、わたしもそれにします。」 と同調する人が多いようです。
他人が何を食べようと、それはその人の胃袋に入るのであって、自分の胃袋に入るものは自分で決めればよいのに・・・と思いますが、他人が気になるのは、日本人の民族性でしょうか・・・。
小さなことかもしれませんが、わたしは、ここのところに、
― 主体性の問題 ―
があるように思えてなりません。 「自由」というのは、物事の判断を「自分に由る」ことがあって、それが主体性です。 私はこれを食べます。私はこのような生き方をしますと、自分で決めるのです。
もちろん、それが他人の自由を侵略するようなときには、他人との調整が必要になりますが、他人に関係ないことは、さっさと自分で決めればよいのです。
ところが日本人は、はじめから他人を気にするのです。 調整する必要のないときにも、他人に同調します。 そして逆に、他人に強制することも平気でします。
日本人のやり方は、「自由」でなしに「他人由」です。あるいは「世間由」です。
もっと自由に生きましょう。 ****************************
典型的な日本人・・・かもしれないケイしゃんです(^-^)ゞ 他人を思いやることのできるのは、日本人の良いところだと思います。
「他人への同調」ではなく「他人との調整」が大切なのかぁ・・・
私の痛みですが、波はありますが落ち着いています。 ほとんど気にならない日もあります。
ゆっくりゆっくり癖がとれていくことを確信しています。。。10年も痛かったのですから(^-^;
母は、あいかわらず寝てばかり。。。 身体がしんどいのか?うつによる過眠か?もう少し様子をみて一度(~0_0~)先生のところで血液検査をしていただくつもりです。 持病(膠原病)ことも気になるし。。。センセよろぴくm(_ _)m
TMSの掲示板をみたら、BeBeさん小松に来てたんだ!またお話したいですね。 他にも(~0_0~)整形に来院する方がいらっしゃたらケイしゃんにもご連絡くでしゃいね(*^.^*)
《AGI_Sito》の【TMSとの出会い】を読みました。 読んでいて涙が出てきました。 そして、今までよくわからなかった自分の気持ちが少し見えたような気がします。
ある腰痛の掲示板で、痛みを訴えている方がいました。 本当に辛そうで、私も何度かその方の書き込みにリプライしたことがあります。
私がよく行く整形外科の院長(なんて回りくどい言い方(^-^;)もその掲示板を見ているようで、診察時に時々話題になっていました。
「○○さん、来院するよ。」
「え、本当ですか?話をしてみたい!」
「明日来る?どうせこっちに来るんなら駅まで迎えに行ってやれば!」
「いいよ〜、趣味みたいなもんだから。。。」
こんな感じの、先生との軽〜い会話で、今日は初対面の方を迎えに行き、お昼をご一緒して、先生の講義を一時間聞いて来ました(^-^; 先生と二人でTMSの掲示板に参加することを勧めたので登場するかも?
*** なんでそこまでする必要があるのか ***
自分でもそう思うことがあります。 でも、昨日思わず出た言葉・・・「趣味みたいなもん!」
趣味:専門としてではなく、楽しみにすること。余技。ホビー。「 ― は読書と音楽鑑賞です」
AGIさまが書いた言葉で強く印象に残った言葉
::::: 「体験だけ」のつながりも強い絆がある :::::
そうそう、ケイしゃんは右手がちょっと痛いのですが、頚痛と腰痛はほぼ完治しました(*^.^*) 先生と相談して、いろいろと抗うつ薬を変えてみたり、量を調節したりして、それが合ってきたのかもしれません。
抗うつ薬に関しては、自分なりにいっぱい勉強したので今はまったく抵抗はありません。
母は昨日は友達との集まりに参加しました。 そうとう迷っていて、行く前も「はぁ〜」とため息ばかりついていました。 人とはあまり会いたくないようです。
今の状態ですが、一言でいうと『しずか』です。 自分からは一言もしゃべらない。 こちらが頼んだことはちゃんとやってくれます。
あと、活動時間が少しずつずれてきています。 早起きだったのにAM7:30くらいまで起きてこない。 日中は家の中でウトウトしていることが多い。 夜は遅くまで起きている。(といってもPM11:00くらいですが・・・)
あと、煮物の味付けが濃くなってきているような気がする。
週刊誌の<病気最前線ガイド>というコーナーに、あるクリニックの取り組みについて載っていました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ・痴呆と判断されても充実して過ごす工夫を続けたい。 ・在宅痴呆患者の心と体を支える診療所の発想と実力
―老人の痴呆やうつ― ・・・・・・ このクリニックは、痴呆の症状や進行を抑える薬物療法はもちろん精神科の手法を用いたケアを重視している。
例えば物忘れによる失敗を減らす目的の「メモリートレーニング」(個別のプログラムによる訓練やメモの工夫等を指導)等と用意。
その目的にそって院長のほか内科医、心理臨床士、ケースワーカー等が所属。 これらの専門化が一声かければその場で集まり、即座に対応できるのも小さな診療所の大きな利点だろう。
更に患者の状況に応じて、利用するべき福祉制度や施設等に関する介護相談をはじめ、患者自身の意思を守るための後見人問題といった法律的なことまで、高齢者が抱える殆どあらゆる問題に対しても、豊富な情報と経験に基づいたアドバイスがなされる。
またこのクリニックに併設する「ユリの木クラブ」(会員制のデイケア)では、音楽やリハビリテーション、レクリエーションの専門家と協力して様々なプログラムを提供している。
目玉となっているのが、精神科で用いる集団療法のひとつ、回想法。 これは、数人のグループで思い出を探すことで、自分の人生はまんざらでもなかったと自信を取り戻す治療と解釈してよい。
例えば60代から80代の集団では、ある人は小学校で、ある人は社会人として遭遇した事件やスターについて話すことで豊かな時間を持てる。
時代を共有する人が助け合って記憶を新たにし、リハビリ的効果も得られるわけで、家族間では簡単にはできないことだろう。
なお、高齢者の診療を中心とはしているが、一般のうつ病や睡眠障害、パニック障害等々はもちろん、小児や若い人の心の不調についても、許容範囲内で受け入れるという。
患者の家族にとっても、都会で心の不調を抱える誰にとっても心強い存在にちがいない。
こういう施設がもっと増えてほしいものだ。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::
昨日、友達がカラオケに誘ってくれました。 彼女とは同い年、他の人たちもほぼ?同年代で20年前、30年前の歌謡曲をいっぱい歌ってきました。
「知っている歌が同じで、無理しなくていいから楽しいね!」
お店のお姉さん(といっても年下ですが)が日中はカラオケ喫茶にお勤めだそうで
「年配の方もたくさんみえます。半身不随でうまく話せなかったおじいちゃんは、毎日通ってきて、歌の練習をして、今では上手に話せるようになったんですよ(*^.^*)」
でも、とっても楽しかったです。
母にもなにか「楽しめる居場所」が見つかりますように。。。
************************ 日常、慣用されているDSM-�犬覆匹離▲襯張魯ぅ沺七臣塋鬚凌巴粘霆爐涼罎砲鷲�ず、意識障害、うつ病が除外項目として記載されている。
また、うつ状態を示した高齢者が一定時間を経て、痴呆状態に移行しやすいことや、痴呆はうつ状態を伴いやすいこともよく知られている。
事実、筆者らの経験からも、アルツハイマー型痴呆や脳血管性痴呆などの初期にはうつ状態を呈することから、うつ病との鑑別に苦慮することが多い。 *****************************
↑は今日(~0_0~)先生から頂いた、ある専門医のアルツハイマー型痴呆に関する症例報告の資料の最初に書かれている記述です。
そして、4例の症例報告を見ると母の症状と重なる部分が多くあります。 物忘れ、活気がない、笑顔がない、意欲の低下、情緒不安定、、、、
治療に関しても参考になることがいろいろ書いてあります。
本などを読むと、なるべく規則正しく今までの生活を崩さないように書かれています。 ただ、今までの趣味などの集まりにも出かける意欲のない母にどのように対処したらいいのか迷っています。
今日、母は妹の家に一晩泊まります。 ケイしゃんの痛みも、もうすぐ治ります!!!(きっぱり)
| 2003年02月09日(日) |
うつ・うつ状態・抑うつ状態 |
TMSの掲示板で「うつ」と「痛み」のことが少し話題になっていましたね。 昨日ダーリンがこんな本を買ってきました。
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「うつ」の患者さんに対しては、うつ病、うつ状態、抑うつ状態といったさまざまな言い方がされます。 そのために、「うつ病」と「うつ状態」と何が違うのだろうと疑問に思う人が少なくありません。
「うつ状態」と「抑うつ状態」というのは同じ意味で使われます。 気持ちが沈み込んだ状態を表現する言葉です。 ですから、うつ病の患者さんでなくても、気分が沈み込んでいれば「うつ状態」という言葉が使われます。
自分の世界に入り込んでしまって現実とうまく関われなくなる精神分裂病にかかっている人が、自分の病気に対して悲観的になって気持ちが落ち込むようなことがあれば、精神分裂病の「うつ状態」というふうに表現しますし、不安のために日常的な生活に支障をきたすような不安障害の人が、自身をなくしてふさぎ込んでいれば不安障害の「うつ状態」と表現します。
そうした精神的な問題を感じていない人が日常的な出来事のために落ち込んでいる場合にも、またうつ病の症状として抑うつ感を体験している場合にも、「うつ状態」という言葉は使われます。 つまり、「うつ状態」というのはうつ病よりも広い概念なのです。
一方、うつ病は、「うつ状態」が症状の中心になっている場合に使われる用語です。 その細かい定義については後で詳しく説明しますが、「抑うつ気分」や「興味や楽しみの喪失」のためにひじょうに苦しい思いをしたり、生活に支障が生じたりした場合にうつ「病」という表現が使われるのです。
最近の研究では、日常的な軽い落ち込みと、うつ病と呼ばれるほどの深刻な落ち込みとをはっきり区別することはできないと考えられるようになっています。 これは双生児研究の第一人者であるロバート・プロミンによる研究で、双生児を対象にした遺伝研究において、軽い落ち込みからうつ病と言われる状態までの症状の強さは連続的に変化していて、いわゆる「正常」と「異常」をはっきりとわけることはできなかったと言います。
うつ状態は薬で改善させることができる脳機能の変調という意味では病気ですが、生活に支障が出てきているかどうかでうつ「病」かどうかが決まるという意味では病気とも言い切れません。
::::::::::::: 「うつ」を治す 大野裕 著 :::::::::::::::::::::
ダーリンのは、 【日常的な出来事のために落ち込んでいる場合】の「うつ状態」で・・・
母のは、 【アルツハイマー病】の「うつ状態」で・・・
ケイしゃんのは、 【日常的な出来事のために落ち込んでいる場合+慢性疼痛】の「うつ状態」・・・ だったのか??? またすぐに分析したがる悪い癖がでた(^-^;
今日もケイしゃんは調子がいい(*^.^*) 母は調子が悪い日みたい(>.<) 朝からそわそわ・・・着替えて帽子をかぶっているので
「どこかへ行くの?」 「今日は病院へ行く日でしょ!」
「今日は日曜日だから病院は休みだよ。」
「・・・・・。」
行く!と言い張らないから、まだ対処はできる。その後もいろいろ混乱がみられました。 自分でも、混乱していることを自覚できるようで、
もう病院はこりごりだよね。
一昨日は、下の息子が高校合格しました。。。私立ですが。。。
昨日は、上の息子が大学合格しました。。。すべり止めですが。。。
今日は母の誕生日!
明日はダーリンの誕生日!
メデタイことが続くケイしゃん家です(*^.^*)
お腹が痛いのも治ったし、、、身体の痛みも今日はあまり気になりまっせん( ̄^ ̄)
| 2003年02月07日(金) |
ストレス以上の問題? |
今朝早く、ダーリンから電話が・・・ 仕事が超忙しくて参っているようです。 帰りは午前0時を過ぎることも。。。そして、朝4時頃に出かけることもあるようです。
今朝は3時に目がさめて眠れないと、、、仕事に向かおうかと思ったが気力が湧かない。。。 ちょっとしたことで切れる。 人と話をしたくない(特に攻撃的な人と。。。) 中間管理職は辛いね(;-;)そりゃー、ストレスも溜まるさ。
自分でも「鬱っぽい(−。−)」と言います。 私も少し前まで、同じような状態だったのでよくわかります。 今度はケイしゃんが支えてあげなきゃね(^-^)ゞ
止まらない話(前のケイしゃんと一緒だ)を黙って聞いてあげました。
こう言って電話を切りました。別に泣いていたわけではないのよ。 親友が旦那さんを励ますときにいつも使うセリフなの(*^.^*)
―――― 先日書いた本からもう一つ引用 ――――
:::::::::::::::::【ストレス以上の問題】:::::::::::::::: 近年、社会の都会化や合理化や管理化が進行して、人間の多重性が無視されるようになりました。 社会の枠の沿ってつくられ、行動する人間だけが認められ、非日常性も失われ、オモテだけの社会が整然とつくられつつあります。 競争原理が強くはたらいて、無駄は省かれてしまいます。 遊びでさえも、「遊びという名の遊び」の枠の中に取り込まれてゆきつつあります。
そのために、自在性と社会の枠との軋轢が強くなって、脳機能が失調することが多くなったように思われます。 脳と健康の関係を考えればわかるように、脳が失調するということは生命機能が失調することですから、心身のあらゆる病気になりやすくなります。
現代病とか神経症のなどの増加もこのような事情によるものと考えられます。 このような状況の原因をストレスに求める風潮がありますが、現代においてストレスが特にふえたわけでもないし、ストレスは生命力を育てるために必要なものでもありますから、それを健康障害の原因とすることは間違いでしょう。
ストレスがあっても、それをそれを乗り越える自在性が抑えられているという事情に注目すべきなのです。 そのように考えなければ、瞑想とかリフレッシュ法などが現代病の予防や治療に有効であるという理由も説明できません。
たいていの人は自分の自在性が強く抑えられているという自覚は持っていないようです。 もし、そういう自覚があれば、現代の整然とした社会に対して反逆するでしょう。 しかし、それだけに脳の中の軋轢は強くなっており、そのはけ口が霊や神秘主義に向けられているともいえます。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
たしかにストレスは誰にでもあるし、それ自体は悪者ではないってこと? 対処の仕方かぁ・・・
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