ミドルエイジのビジネスマン
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週末に大雨を降らせた低気圧が去った後の三連休は風こそ強いが、秋晴れの日々となった。スポーツクラブで気休めの水泳をした後、昼過ぎからビールを飲み、小さな庭に咲く花々がお陽様に光り輝く姿ををボンヤリと眺めたり、借りてきたDVDを観ているうちにソファの上で眠りこけるという平和な暮らしを楽しんだ。
途中で目が覚めて、朦朧としたままベッドに倒れこむと開け放した窓の向こうには青空に浮かぶ雲が見え、秋の風が部屋の中に流れ込んでくる。空を見上げながら夕方まで本格的にお昼寝だ。
レンタルビデオ屋さんの棚からは古いVHSビデオが次々と撤去され、100円で叩き売られている。そして、通路にはDVDの再生専用機が積み上げられて5千円で売られている。2006年はビデオがその生命を終えた年として記憶されることになるだろう。
先日、トイレのスイッチを換えて気を良くしたので、リビングも2ヶ所交換した。スイッチ自体のダイオードのランプが時には弱々しく点滅し、時には全く点かない状態になっていたのが解消され、気分がすっきりした。
ところが家族に感想を聞いても、最愛の妻はこれまで、さほど気にも留めていないようだったし、兄弟のうち、弟にいたっては前の状態を説明しても「そうだったっけ?」という有様だ。お父さんだけが一年以上も気に病んでいたのだろうか。リビングのスイッチを見る度に来週やろうか、再来週でいいか、と先送りにする自分を責めていたのに。
実際には、前回の経験が生きていたので、2ヶ所換えるのに要した時間はほんの15分くらいのものだった。
ところで、10月9日のお昼のニュースで北朝鮮が原爆の地下実験を強行したと報道していたらしい。コーヒーを飲みに出掛けていたので夕方まで知らなかった。大方の予想は、年末までに実行するというものだったと思うが、実験をするぞ、するぞという振りをしながら、おねだり交渉を続けるのではないかという見方を覆して、一刻も早く核クラブの仲間入りをするという選択をした。今の時代、核兵器を持っていても、それだけで世界の尊敬を得ることはできないということも解らないのだろうか。
よりによって、安倍総理大臣が韓国を訪問している日に核実験をするのだから、これはもう、「こっちを見て、こっちを見て」とせがむ子供と同じ、あてつけだ。
北朝鮮は手持ちのカードを全て切ってしまった。残された脅しは「戦争するぞ」くらいしかない。国家が暴走するのか、諸外国の圧力を受けて内部から崩壊するのか、いずれにしても加速度がついてしまう一線を越えてしまったのだと思う。
| 2006年10月01日(日) |
富の未来(アルビン・トフラー) |
夏休みの読書用に買ったアルビン・トフラー、ハイジ・トフラー共著「富の未来」をもう一度読み返している。と言うのは、同じ著者の「第三の波」も「パワーシフト」も読んでいるはずなのに、何の御利益もなかったからだ。当時ちゃんと真面目に読んでいれば、この日記もハワイの別荘で波の音を聞きながら書いていたかもしれない。
読んでいる途中で「いい事言うねえ」などと思っても、本を置いた途端、何かに感心したような気がするけれども、うまく自分の口では説明できない、というのがいつものパターンだ。欲張らず、気の利いた言葉の一つでも覚えておくと、ビジネスマンの日常会話の中で賢そうにできる。
それがこの一文。 「科学技術の発達をそれぞれ独立した動きとしてとらえるのは間違っている。知識の面でも、経済的利益の面でも、本当に大きな成果が得られるのは、二つ以上の飛躍的な前進が収斂するか、組み合わされたときだ。」
初めて聞いた台詞ではない。ちょっと目端の利いた経営者や研究者なら身をもって実践しているはずだ。多分、「おや、アレとコレを結びつけたら新しい商売になるじゃん」とか「あの分野の研究の方法と成果を自分の研究テーマに当てはめて実験してみると、こういう結果になるんじゃないか」などと日々考えているはずだ。
トフラーが言うのは、もっと発現の規模や飛躍の幅が大きいものだろう。現代は科学技術の進歩が著しいので、色々な成果が様々なものとぶつかり合い、スパークする。思わぬところで、思いがけなく大きな果実を手にすることになるケースが多発するはずだ。
つい先日も仕事で、「半導体の技術と機械的な微細加工技術が細胞の研究と結びつくと、こんな事象を見ることができます。」という映像を見せてもらった。しかも、「この映像を見た人は、まだ日本で百人もいないんじゃないでしょうか。これは研究の道具に過ぎないので、皆さんに使ってもらえば、色々な成果が期待できます」という話だ。
もう一つ気がついたことがある。最近雑誌の記事や評論家のコメントで、コンバージェンスという言葉がやたら出ているような気がしていたのだが、多分その出典がここでいう「収斂(しゅうれん)」だ。確かに、投資分析用の数学用語では使うかもしれないが、そんなに一般的な言葉ではないはずだと思っていたのだ。いち早く英語版で読んでいた人達が使い始めたのだろうか。日本語で言ってよ。収斂でも古臭くて分りにくいな、収束、集中でも分かると思う。
アルビン・トフラー「富の未来」、読みはじめから45ページ目にしてこんなに(偉そうに)語ることのできる安い本だ。実際は上下巻それぞれ1,900円。
最近どうも、仕事は週末に家でやればいいや、という悪しき習慣ができてしまった。絶好の行楽日和(または畑仕事日和)というのに、一日中篭(こも)ってパソコンに向かっていた。
おまけに、コンピュータで計算していると言うのに、直感的に違う答えが出ていると感じて、あちこち付け合わせをする羽目になって出だしでつまずいてしまった。そうさ、計算させる式が間違っていれば、答えも違って当然だ。
人生の貴重な一日を(あ、二日か)、損したような気分だ。
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