ミドルエイジのビジネスマン
DiaryINDEXpastwill


2003年03月08日(土) 大部長、新橋に参上

金曜日の夜、パソコンで週報を書いていると関連部門のお偉いさんが隣の部の部長を誘っている。もの欲しそうな顔をしていると、お前も行くかと来たので週報は戻ってからとパソコンも点けっ放しでついて行った。

すぐ近所で軽く飲むのかと思ったら、新橋の焼鳥屋に行こうということになった。新橋は大部長にとって通勤の反対方向になるので夜わざわざ飲みに行くことはない。新橋の焼鳥屋と言えば「サラリーマンライフの象徴」とも言え、テレビではよく世相問題でほろ酔い機嫌のお父さんにインタビューなどしている。是非一度は体験したいものとイソイソとついて行くと・・・

そこは大通りから一歩入った路地の奥、ビルではなく長屋風の焼鳥屋だった。「おかあさん」を中心に、多分30年とか40年前から同じように焼鳥を焼いているのだろう。普通、テーブルが並んでいるとそれぞれ4脚の椅子がセットになっているが、狭すぎて隣のテーブルとの間には椅子が1列しか置けない。すなわち、どちらのテーブルにも向かって座れるようになっていて、その日は3人ずつだったので、間の2脚の椅子を別のグループと分け合って座った。

焼鳥屋は「つくね」のおいしさでその店の良し悪しがわかると言われている。さすがにお奨めの店だけあって、ネチネチでもなくパサパサでもなく、シットリした中に多分軟骨のつぶつぶした歯ごたえもあって大変美味しかった。つくね以外も美味しくて満足々々であった。出足が遅かったせいもあるが、われわれが注文した直後に売り切れになるものが続出、お偉いさんは注文伝票に自ら鉛筆で本数を書き込みながら、滑り込みセーフの注文の巧さを自画自賛すること頻りであった。

30年なのか40年なのか、いずれにせよ「おかあさん」とこの焼鳥屋は長いこと会社の方針についての議論や悲憤慷慨やお追従や上司の悪口などを見たり聞いたりしてきたことだろう。時代は移り、上司は部下に対して昇格や大幅な給与のアップを約束できなくなった。関連部門のお偉いさんも何を約束したわけではないし、大部長がお追従をしたわけでもない。多少会社の話を聞き、「なぁ、旨いやろ」という言葉に笑顔を交わしただけだが、酒に強い(?)大部長は朦朧とした頭の中で、その方が会社でやろうとしているのは「責務を全うするとは具体的にどういう行動をすることなのかをみんなにやって見せている」ということだと理解した。

書き損ねた週報は、今日会社に行って完成させた。金曜日の報告事項として「由緒ある鳥料理レストランにて、当社経営層と責務の全うをめぐる指導方法についてディスカッション」と記載した。ウソだっぴ。


2003年03月02日(日) 冬が行ってしまう

北国の山林の一角にキャンピングトレーラーが入るようにブロックを並べて、窓の明かりの向こうに後から後から舞い落ちる雪を眺めながら暖かいトレーラーの中で一杯のコーヒーを飲む。それくらいなら他の大概のものを切り捨てればできただろうに。

雪の中にテントを張ってサラサラとドームを滑り落ちる雪の音に耳を傾けながらランタンの灯を見つめる。それだけなら今年の冬にもできたかもしれない。

気がつかないうちに土曜から日曜に日付が変わった。深夜に、自分が本当にしたかったことを考えてみる。もう、3月になってしまった。





2003年02月23日(日) ジンスキー一体

2月8日〜9日にかけて栃木県のハンターマウンテンスキー場に行ってきた。一度も行ったことがなくても塩原温泉の上にあると言えばなんとなく分ったような気になる。

年末に贅沢をしたので恒例の家族スキーをどうしようか迷っていたが、雪の大好きな次男のためにと思い、多数決を取ったら全員一致で行くことに決まった。昨年は隣のエーデルワイスに行ったので、今年は本格派と言われるハンターマウンテンに挑戦だ。

塩原温泉にリフト券セットの宿を取り、温泉宿での一泊となった。ただし、塩原温泉は周辺部に新しいホテルや趣味の良い宿ができて中心の温泉街はやや寂れているらしく、泊まった宿も時代に取り残されそうな趣きであった。お湯はやや熱めでたっぷり。日経新聞の土曜版で本物の温泉は水で薄めたり循環させたりしないものだと毎週書いてあるが、まさにそのとおりの正統派だ。温泉はたっぷりと流しっぱなしで、24時間いつでも入れるし、飲用のコップも置いてある。お父さんは5回も出たり入ったりした。

さて、ハンターマウンテンは近代的なスキーリゾートだ。スキー客よりスノーボード派のほうが多いのではないかと思う。ゴンドラで頂上まで上がり一気に滑り降りれば相当長い距離を滑ることができる。一番上は上級コースということになるがスノーボーダーが滑るので、コブはなく、斜面が急なだけなら我が家の家族も何とか滑ることができる。ここまで家族を引っ張りあげるのに何年かかったことだろう。

急な斜面はすぐ終わり、緩斜面が長く続く。いつまでもプルークボーゲンでもあるまいと昨シーズンから長男にパラレルターンを教えているので、今年も見本を見せようとその緩斜面で説明するための言葉を探しながら滑っていた何本目かで不思議な感覚のとりこになった。「足の裏で滑っている」と表現したら、お前は長嶋茂雄かと言われそうだが。

最初は「体重の移動だけで滑らかに曲がるのはスノーボードと同じ滑り方だね」などと説明していたのだが、こっちの足の内側に体重を移してなどと、足の裏に神経を集中しているうちに、まさに「足の裏で滑っている」感じになったのだ。「人馬一体」ならぬ「ジンスキー一体」というところか。

なお、上記の内容から、大部長はスキーの名人らしいという噂が立たないように注意しなければならない。その気になれば、同様にゴルフで何度も開眼した経験をつい昨日のことのように語ることもできるのだから。悪しからず。


MailHomePage