世の流れ - 2002年10月23日(水) 風呂を掃除した。 先週水曜日のクリーン作戦では、時間切れ&体力切れで 到達できなかった箇所を頑張ったってわけさ。 大変な重労働だったが、お陰様でピッカピカ。 今日は気持ち良く、ざっぶ〜〜〜んと湯につかれそうだ。 で、苦労ついでにもう一つ。 溜まっていた新聞もかたづけることにした。 新聞屋からもらった袋にパンパンとつめられた物が4つ。 溜めに溜めた新聞が3ヶ月半分である。 さっさと資源ゴミに出してしまえば良かったのだが、新聞代もバカにならない。 月3720円というお金がかかっている。読まないのに捨ててしまっては、 もったいない上、リサイクル運動に参加したいが為に、 新聞を取っていることになってしまう。 何よりも、”新聞は目を通さないうちは捨てない!”というのが私のポリシー。 きょうびの主婦は専業といえども、社会情勢はもとより、 経済、政治等の流れにも敏感であるべき。 社会の全体像を逐一把握しておけば、旦那の会社が倒産しようが、 旦那がリストラにあおうが、ショックを最小限に抑え鮮やかに気持ちの切り替えが できるハズ。 (わからんが・・) そんな心構えのもと、袋4つをリビングに運び込み、全部読み切ってやるぅ〜の 勢いで、おらおらぁ〜と片っ端から見ていく。 袋の方を見ちゃダメよ、決心が揺らいでしまうわ、と心に言い聞かせるものの、 10分もしないうちに、早くも飽き初め、 20分を経過した当たりから、 「昼間っからこんなのんきなことしてていいのか?」と自問自答。 一時間を超えると、かなりどうでも良くなって、 介護保険の問題については、「年とってから考えよう」 株価が下がったという記事では「別に買ってないし」 住基ネットから端を発した個人情報の問題では「漏れたら漏れただよ」 そして、教育問題は「子供いないしね」 2時間目に突入したころには、すっかり目も手も止めて テレビをボ〜〜っと見る私。 結局、アッサリと撃沈したのであった。 読み切れなかった新聞が2ヶ月分。 それを眺めながら、世の中の流れについていけない自分を嘆くばかりである。 くぅ〜〜、、、情けない・・・。 おしまい。 ... 赤ベコさん - 2002年10月22日(火) 土曜日のこと。とある団体が催した講習会に行った。 招かれた講師が、ある仕事について自分の体験を語るというもの。 私はこういう手の催し物になると、必ず、いや、間違いなく 途中で居眠りをこく女だが、 3000円という料金を払ってまでの出席、寝てしまう訳には いかないのであった。 講師の話がなかなか興味深いもので、私は”眠りの森の美女”に ならずに済んだのだが、 それ以上に私の目を覚まさせたのが、話を聞く他人の様子であった。 特に斜め前に座っていた女性2人には注目せざるおえなかった。 講師の話を聞きながらの頷く回数に凄いものがあったからだ。 普通”頷く行為”とは、話されたことに対して 「そうね〜〜な〜〜〜るほど!」と、 納得や理解した場合の意思表示である。 ところが、2人は講師が全部言い終わるか終わらないかの、 意味も曖昧な段階で、コクリコクコクと激しく頷き、 講師が「エ〜〜、、、ア〜〜、、」と話の合間にいれる音にも コクコクコクコックン。 一秒につき、一回の割合であった。 まか不思議。 いったい、何が分かったというのか? 何を納得したというのか? そして、一時も止む事のないその早い振りはいったい・・? 頭の貧乏揺すりかと思った。 それか、首の骨がないとか? あれだけ、首を柔軟にしとけば、肩こりもないに違いないが、 それにしても、あんなに頭を上げたり下げたりして、 目眩とかは起こらないのか!? コクコクコクコクコクリコクコクコクコクコク〜〜〜〜〜。 コクコクコクコクコクリコクコクコクコクコクコクコク〜〜〜〜〜。 結局、彼女達は2時間の間、頷きっぱなしであった。 さぞ疲れただろう。ごくろうさま。 私は一ヶ月前にも似たような光景を見たことがある。 それは、区の癌検診に行き、乳ガンについて保健婦さんから 説明を受けている時だった。 検査の前に30人ぐらいずつまとめて話を聞くのだが、 近くの席に座っていた同い年ぐらいの女性がいちいちコクコクとやっていのだ。 凄い頷き加減! そう、彼女は何にでも頭を上下させるのであった。 保健婦さんが乳ガンのできやすい位置を説明をするために、 おっぱいの模型を持っただけでも、コクリコクリ。 「じゃぁ〜〜みなさ〜〜ん」と言いかけただけでも、 「え〜え〜、分かりましたとも」というような感じでコクリコクリ。 そして、いつ何時でもコクリコクリ。 例え保健婦さんがゲップをしたとしても、彼女は頷くのであろう。 さて、こういうことが良いのか悪いのかは、 どうでもいいっちゃ〜どーでもいい話。 だが、あんまり、頻繁なのはど〜〜だろ〜か?とも思う。 話し手に熱心さが伝わると言うよりは、落ち着きがないみたいだし、 理解してるというよりは、ちゃんと聞いて無いようにも見える。 ”頷き”が本来持つ意味も薄れてしまうことにはならないか!? そのように、絶え間なく頷いている人々を 私は”赤ベコさん”と、心の中でひっそり呼んでいる。 せわしない首振りが、福島の民芸品である赤ベコにそっくりだから。 人と人の繋がりが薄れて来てる時代。 メールで用が足りる時代。 そして、コミュニケーションの下手な人が多いと言われるこの時代。 会った時には、少しでも相手を理解していると見せたくて、 ああして首を多く振ってしまうのか!? 赤ベコさんはこれからもどんどん増えるに違いない。 そのうち一億総赤ベコ状態になってしまうかも。 おしまい。 ... 検討の結果 - 2002年10月20日(日) 私は洗濯も、嫌い。 新婚の時こそ、毎日毎日小マメにしていたものの、結婚生活ももう8年目、 しかも夫婦2人の生活、 新鮮味も汚れ物の量も少ないのに、そんなに頑張ってどうする。 で、ここ最近にいたっては、溜めて溜めて溜め込んで「これはもうダメだ」と なった時、ぐわぁ〜〜んと一気に洗濯機を回す有様である。 ”もうダメだ時”それを教えてくれるのは、もちろん旦那。 風呂に入る直前、タンスから下着を取り出しながら 「明日のパンツがありません。靴下ももうヤバイです。」と私に申告が来る。 私の反応がイマイチ鈍い時には、ダメ押しのように 「いいよ、パンツを裏返してはくから・・・」との寂しげなセリフが さらに加わったりする。 そうまで言われては、洗濯をしない訳にはいかない。 だいたいパンツを裏返しにはかれて翌朝スーツを着られては、 シークレット部分の汚れがそこに付いてしまい、 スーツのクリーニング代も余計にかかってしまう。 なんて不経済!ここは一つ頑張らなければ。 私はようやく奮起するのである。 洗濯をするとなると、2回や3回は洗濯機を回さなくてはいけない。 干すのも大変だが、取り込んで畳むのも、もう大変。 すっかり乾いているのが分かっていても、ついつい見て見ぬふりをして 2日ぐらい過ごし、下着や靴下が欲しい時にはべランダという ”青空ダンス”又は時間帯によっては”夜空ダンス”から 必要な物を取ることもしばしば。 まあ、場所は問題ではない。どこにあろうと、要するに”替え”があるということ が重要だ。 そんな事を繰り返していた先日、 旦那が帰ってきたと思ったら、私に向かって、 「おい!今朝、ベランダから靴下を取ってはいたら、左右違う柄だったゾ!」 とめずらしくムッとしながら言う。 そして、そのマヌケな足元が人にバレないか心配だった、どうしてくれる! と鼻息が荒い。 ・・バカな。 ズボンの裾からチラチラとだけしか見えない靴下を気にするヤツなんていない。 それとも、人の足元にばかり注目できるほど、会社のみんなは暇なのか!? 私は彼に諭すように言い聞かせた。 どうして、ちゃんと確認しなかったのか?と。 だってそうだろう。 洗濯という使命をまっとうし、清潔なものが身に着けられる という環境を整えた私。 それにも関わらず、朝の忙しさに紛れての確認ミスをやらかした旦那。 どちらに落ち度があるかは、火を見るより明らかだ。 ひとしきりの検討の結果、我が家では旦那が悪いということになりました。 おしまい。 ...
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