| 2003年12月30日(火) |
いつもお互いがいる世界が |
新曲の「ね、がんばるよ」をMC後とアンコールの2回歌ってくれました。とってもドリカム色の強い歌だと、私は感じましたね。特に「僕はいくよ」のフレーズが!リズムとりながら歌ってる姿が浮かびます。
「君が言う『がんばって』を 皮肉に聞こえないような 大きな男になるよ」
って歌詞が男心を判ってるというコメントでしたが、これって男女問わずですよね。
「がんばって」を使ってはいけない職場にいる人間が近くにいるせいか、あまり私自身も使わない言葉…、あれそうでもないかな? 気軽な励ましとしては、結構使ってるかもしれませんね。 励ましの言葉って、言う人と言われる人の関係で、どうにでも転びますから、大事なのは言葉よりも信頼関係ですね。
歌詞があまり具体的ではないので、恋人同士というよりは、人と人同士の励ましの歌に取れて、色々な妄想が膨らんでしまいました。
「いつも(いつか)お互いがいる世界が、かけがえない大事な場所だ」
お互いがいる世界って、今は別なんでしょうかね? それとも同じ場所なんでしょうか?
別なら、それでも同じ大切な場所があるっていうことになるし、同じならその場所がそのまま大切な場所ってことになるし。
私は別の方が、どちらかといえば好みでしょうか? 違う場所でお互いがんばっていて、それでも大切な場所はひとつだよって何だか素敵じゃありませんか? というより、ソレに萌えます;
ラストで、もっと高みを臨むように「僕は行くよ」(「僕はやるよ」)っていうのも、「だから君も行こう」って聞こえてくるような気がします。 イメージとして、天に昇る階段の途中で、振り返って手を差される感じでしょうか? もちろん、教会の白い階段でもOKですよ(笑)
コンサートが終わった後の感想は、「美人を見た!」でしょうか? 大塚寧々以来の美人度アップだと思ったんですが、どうでしょう? 引かれちゃっても、良いです。私の目にはそう映りましたから。
友人の手伝いで冬の漫画市(間違ってはいない;)に行ってきました。 ネットで小説を読む機会が増えたせいか、視力が大幅にダウンしてしまったので、最近はネット自体も控えていたんですよ。 その反動がきたのか、長編の小説が読みたくてしかたなくなり、思ったよりも購入していましたね。 図書館で借りられる本ならそんなに漁ったりはしないんですが、市場にはあまり出回らない本ですからね。 ところで、今回は珍しい日程だったので、何の問題もなく行くことができたのですが、友人は銀行関係者なので、翌々日までまだ出勤で落ち着かないと言っておりました。
以前はクリスマス近辺に開かれていたのですが、いつから変わったんだろうと記憶を辿れば、はっきりと走馬灯のごとくその当時が思い出されました。 何故なら、年末になった途端に、私は行くことができなくなったからです。 家業の手伝いをしなければならず、その日家を空けるくらいなら、家出した方がマシという殺気立った空気が漂っているんですよ(怖っ)
で、もっとも家の近い友人と駅で待ち合わせて、友人たちに宛てたお詫びの手紙を託したのでした。 ところが、前夜に仕事で疲れた身体に鞭打ちながら書いたその手紙が、「おまえは円谷幸吉か!」と言われるくらいに大ウケしてしまいまして。
慣れない仕事が辛いとか、行けなくてごめんなさいとか、自分ではせつせつと訴えたような気がするんですが、 私の人生であれほどの笑いを取った事はありません。今後もあるかどうか怪しいでしょう。いや…たぶんない; 今となっては、大変貴重な良い思い出です。
どんな内容だったか興味のある方はこちら ↓ 円谷幸吉の手紙
思うに人は、切羽詰ると本当に頭に浮かんだものをそのまま表現してしまうのでしょうね。 円谷幸吉もきっと家族を思い出し、そこから連鎖して頂いた恩を思い出し…、 本人は、限りなく真剣なんですが、どうしてそれが出てくるのと言いたくなるような手紙ですよね。 そういえば、ドラマ出演の感想を山口智子が語っていた「向田邦子の恋文」もたしかそんな内容だったような…?
読売新聞の2004年の紙面改訂に「難しいカタカナ語を減らし、より読みやすく」というのがあったのですが、その語群の例が
アメニティ→快適環境・心地よさ (思いっきり私ってばバカだ、と思ったのは、この単語…水周りだと思っていました。だって、住宅販売のチラシとかでよく見るじゃありませんか!?)
シミュレーション→模擬実験・想定実験・模擬行動 (子供でさえ使うシミュレーション。年配の方には難しいってことなのかしら?)
セクター→部門・区域※第三セクターは使用可 (第三セクター以外でも使うのかが疑問です)
他にも、イノベーション・グランドデザイン・モニタリング等々 そして
リアルタイム→即時・同時・同時進行
………?
リアルタイムって、あまり読まないのでわかりませんでしたが、新聞でも使っていたんですね。 テレビでは「LIVE・ライブ」を使いますよね。 でも、よくよく考えてみるとこの言葉って、TVの番組や雑誌連載を「リアルタイムで見てた」っていう使い方しか私はしないんですが、他にどう使うんでしょう。 これって、大人買いと同じくらいオタク用語だと思っていたんですが、 …新聞で使用されていたってことは日常用語になっていたんですね。本当かなぁ…。言い換え語を見ると、「リアルタイム」をそういう意味でわざわざ使っていたとは思えないんですけど???
| 2003年12月25日(木) |
クリスマスコンサート |
辛島さんのクリスマスコンサートに行ってきました。 FCでの申込が9月だったので、最近はチケットを取っていなかったのですが、今年はたまたま予定が空いて、尚且つe+のメールマガジンで追加募集してたのでラッキーでした。 席がバルコニー席だったので、目の前にオーケストラが並んでいて、生演奏を聞いている気分でした。その分辛島さんの声がちょっと遠く感じましたが、いつものコンサートとは違う雰囲気で楽しかったです。
一部は青い蓮(?)の柄のついた真っ白なドレスで、二部は真っ赤なドレープをたっぷりとったドレスと、どちらも白い肌に映えて素敵でした。 そして、今回初めて生でニ胡の演奏を聴きました。本当に人の声のような響きなんですね。ニ胡のあとにバイオリンを聴くと、妙に甲高く線が細く感じました。 ギターが古川さんだったので、クリスマスコンサート以外の公演も見てみたかったと思いましたが、近場(といっても電車で2時間)のホールは12/13だったので、どちらにしても行けなかったのでした。 クリスマスコンサートだと、演奏がオーケストラ主体なので、ギターやピアノは脇役なんですよね。へたをすると、辛島さんさえ霞んでしまいますから(苦笑) その中で、「ララバイ」はホールなのに生声のアコースティック。伴奏はギターとメトロノームだけで、その演出にびっくりしました。
本当にクリスマスプレゼントを貰った気分でした。
寝床が布団ではなく、ホットカーペットの上と化しているので、さすがに身体に悪いだろうと、1ヶ月ぶりくらいで布団に寝に行ったのですが、何故か顔に冷気を感じるのです。 確かに障子は(断熱効果を考えると)押し入れや襖よりは寒いだろうけど、こんなに冷たい空気を感じて良いのだろうかと、布団の中から周囲を確認したりして、なかなか寝つけません。(ちなみに枕元・左側が障子で、足元が床の間、右側が襖) 枕元と左の障子の合わせ目を見ても、ちゃんとしまっているし、霊感などないはずなのに…、と寒さを堪えつつようやく寝たのですが、翌朝起きた時に、もしかしてと思い、頭上のタンスの影になっていた障子の角が、3cmほど開いておりました。 やっぱり霊感とかじゃなかったんだ、と少しだけ残念に思いながら、その晩はちゃんと閉めて寝たのですが、やっぱり冷気が顔を通っていくんです。 なぜ…? 同じ部屋で寝ている妹は、襖側でくかくかと寝ていて、ちょっとムカついたのですが、起こすのも可哀想だと、またがまんして寝に入りました。
翌朝、雨戸を開けに来た母の言葉がまた、 「妹は紅い顔して寝てるのに、なんで姉は青い顔して寝てるの?」 でして……。
私が聞きたいよ; 念のためもう一度タンスの後ろを見てみたら、笑っちゃうことに、閉めた障子と90度の障子が3cm開いていました。 私もまさか2ヶ所も開いているとは思わなかったんです。昨日母が障子の外の廊下を掃除したとかで、そうなってしまったそうです。さらに、それがちょうど障子の枠と同じ幅だったために、暗い部屋の中では気づきにくかったんですね。 もちろんだから青い顔で寝てたのかと笑われました; やっぱり、たんなる冷気だったんだと、残念だったのと、隙間風ほど寒いものはないってことを実感したのでした。
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