雪さんすきすき日記
倒れてもその場で復活するリサイクルSLG。全力で応援中!
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休日。今日の選択肢は、 ・「メイドさんを右に」KNIGHTMARE ・「東方萃夢想」NORMAL 楽な方からということで、「メイドさんを右に」。
現在、2Bのカボチャを足場にするところでハマリ中→クリア。
3Cが面白すぎる。3Dも別の意味で面白すぎる。
4Aのスタート地点がかつて無い凶悪さ。4Cが終わって…って、え〜!
で、結局ラスボスどまり。流石に1日でクリアは無理だったか。
え〜と、今日は久しぶりに雪さんが隣に座ってお酌をしてくれています。しかも、レミリア嬢が背中に張り付いています。それはもう、べったりと。雪さんはそんなレミリア嬢を見て微笑んでいます。余裕ですね。
嗚呼、お酒って素晴らしい。
私信:竜次氏へ。ギヴ。さっぱり分かりません〜。
「一生に一度だけ咲く花の名前で」(MME)全ルートクリア。真のエンディングは、ただひたすらに、愚直なまでに突き進む物語であった。それこそ、鼻で笑える程に。そして、素敵な程に。「運命なんてただのお膳立てに過ぎないのよ。ディナーをどう楽しむかは、席に就いた当人たちに全て委ねられている。」という手垢の付きそうな台詞が説得力を持つ程に。 作りが甘い部分が多々見受けられたものの、個人的にはとても良い作品であった。
京都まで日帰り出張。久しぶりの新幹線。名古屋までは良い天気だったが、関が原付近は横殴りの雪が降っていた。 出張先は同業者の工場。ラインレイアウトを見て、社長のお話を聞いてきた。どちらも非常に参考になるもので、今後の仕事に是非とも役立てたいものである。
で、ここまで前振り。帰路の常磐線で、南千住駅にて人身事故発生。事故が起きたのは上り側であったが、下りも巻き添えになり40分停車。「只今、被害者の救出活動を行っています」というアナウンスを聞いて「回収の間違いではないのか?」と思いつつ、肉が食べられなくなると嫌なので車内で週アスを読みながら暇を潰す。先頭車両で巻き込まれて、所在が15両編成の後ろから4両目付近では生存している確立は皆無であろう。ちなみに、「救出」された被害者はシートで隠されながら担架で運ばれていった様子。
自分へのお土産は千枚漬けと生八橋(皮だけ)。どちらも良いおつまみである。しかし、生八橋72枚は一人で食べきれるのであろうか(笑)?
で、お酒を呑みながら「RBO」。ソードマンで全8面クリア。物凄く楽しいゲームであると心から思った。やはり、ROを知らなくても普通のアクションゲームとしてプレイできるのは凄いの一言に尽きる。さて、ソードマンをこれ以上成長させようか、他のキャラでプレイしようか。
現在の自分的難易度は、「萃夢想」>「メイドさんを右に」>「RBO」。「萃夢想」はNORMALにした途端全然先に進めなくなった…。
| 2005年01月10日(月) |
続^3・「メイドさんを右に」のこと |
ラスボス倒せた〜。NOCTUNEクリア〜。そして、KNIGHTMAREで大爆笑。いや、これは絶対笑う。
NOCTUNEのラスボスの最終段階だが、最初は闇雲に攻めて返り討ちに会うこと100回を超えたものの、その内に何とか攻略の糸口が見えてきて、最終的に編み出されたパターンの美しさは感動ものであった。これぞ正にアクションゲームの醍醐味である。
そうそう、NOCTUNE2面から残機増やしました…。
| 2005年01月09日(日) |
続々・「メイドさんを右に」のこと |
昨日は都内で呑み会。久しぶりだったので羽目を外しすぎ、記憶を失う。自重しないと…。
昼頃までは宿酔いで動けず、午後から「萃夢想」や「RBO」を軽くプレイしてから、「メイドさんを右に」をプレイ。NOCTUNE2面のあまりといえばあまりなトラップの連続に、皆で大笑い。いや、何というかここまでされるとかえって清々しい。
帰宅後も引き続き「メイドさんを右に」。主なトラップは2面でほぼ出揃った感じであり、3面以降は難しいアクションの場面以外は特に詰まることなく進めることができた。まあ、4Bの最後の黒の鍵ではやや悩んだが。あのトラップはゲームシステムを活用した傑作である。 で、ラスボスに勝てずに今日は終了。明日はクリアしたいものである。
| 2005年01月07日(金) |
続・「メイドさんを右に」のこと |
帰宅後、即「メイドさんを右に」。しかし、今日も現場に入って疲れているため、動きが雑になり同じところでミスを繰り返す。これでは効率が悪いということで、風呂に入って夕食を摂って再挑戦。そのままクリア(笑)。歳のせいで、体調が良いときでないと先に進まない。 3面ボスの衝撃は暫く忘れないであろう。ある意味、恐怖の権化である。 そして、クリア後に残機設定が15人まで増やせるようになっていることに気づく。でも、まあ、NOCTUNEも暫くは残×3でプレイしてみよう。
「メイドさんを右に」が一段落したので、東方アレンジCDの中から「Charisma」(蒼天の雪)を引っ張り出して聴く。前半はタイトルどおりカリスマ感溢れるアレンジ揃いで面白いと思ったのだが、後半はポップな感じに落ち着いてしまってやや残念。出来れば前半の雰囲気を全編通して欲しかった。
| 2005年01月06日(木) |
「メイドさんを右に」のこと |
「メイドさんを右に」を漸く入手。早速プレイ。先ずはETUDEで。 足場の淵から飛ぼうとして下に落ちてしまうことに対し、もどかしさと同時に懐かしさを感じてしまう。 仕事が長引いたので、3面で疲れてしまい一旦停止。当然ながら各面の評価は全てD。まあ、最初は死んでなんぼのゲームなので、とりあえずクリアを優先。 同じところで死にまくると、「アレックスキッド ロストスターズ」を思い出す。あれはアーケードゲーム史上最もえげつないアクションゲームだった。
え、え〜と…。もしかして、読まれてます(汗)?って、この反応は2回目だったりしますが(笑)。
自意識過剰であるかもしれませんが、1/3の日記の内容に関することと思われますので、一応釈明をさせていただきます。 「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるとおり、やはり「モノ」が無ければ「ココロ」が潤う余裕も無いわけでして、その点については仰るとおりだと思います。ただ、「モノ」があっても必ずしも「ココロ」が豊かになるわけではありませんでして、つまりはそういうことを言いたかったわけでして。ああ、もう緊張して何が何だか。 一応、これでも読まれる方に自分の意図が伝わるよう意識して書いているつもりではありましたが、未だ精進が足りないですね。読み返してみると、あの内容は「モノ」の部分が無くても問題無いわけで、どうやら固定観念に捕らわれていたようです。
というわけで、自分の視点の狭さへの戒めとして有り難く拝読させていただきました。
あの文章を書いて、自分のココロの貧しさを再認識して気が滅入ったのはここだけの話(笑)。
と、滅入っている間は萃香に顔向けできないので、「萃夢想」はお休みして「一生に一度だけ咲く花の名前で」(MME)をプレイ。体験版にて「間術」という設定に既に魅了されていたので、間術が飛び交う戦闘場面は今までプレイしたVNの中でも屈指の内容であった。陽炎の塔の封印ではもう顔から笑みが絶えなかったほど。 一方、化学関係の描写には突っ込み所満載。感想掲示板にて指摘させていただいた以外にも以下のような突っ込みが。 ・空気中の元素を操ることにより敵の攻撃を防げる程の強度を持つ鉛の壁を出していたが、筆を撫でた範囲でそれができるほど空気中の鉛濃度は高くない。 ・そもそも、気体から固体等の状態変化は化学反応では無い。 ・だから、水素と「酸素」を操って氷の剣を出せば良かったわけであり、水素だけでは片手落ち。 しかし、あの能力ならヘリウムの剣も出せるかも。羨ましい(笑)。 話の方は、主人公が「それでも俺は!」(笑)だったが、彼はそれを貫けるだけの力を持っているので、特に問題は無いかと(全く無い訳でも無いが)。
戻した。
| 2005年01月03日(月) |
続・「東方萃夢想」のこと |
Easyにて全キャラクリア。幽々子嬢と紫は辛かった。
今回の物語にもZUN氏の想いが込められていてとても興味深い。幽々子嬢など、まるでZUN氏の代弁者のようである。しかし、悲しいかな。私にはそれを理解できるだけの精神的土壌が育っていない。いや、理解しようという時点で既に間違っているのであろうか。本当は感じるだけで良いはずのことを、構造化、細分化、分析、その他様々な手法を用い、結果本来の意味を歪めてしまうこともあるので。
鬼が幻想郷に居ないのも、その所業の所為であろうか。上海アリス通信で、鬼は人間の恐怖心の象徴であるとZUN氏は述べている。しかし、人間はその恐怖心を「克服」するため、鬼を「理解」して本来の意味を歪めた。結果、恐怖心は徐々に薄れ、それに伴い鬼もその存在が薄れていき、いつしか忘れ去られてしまった。鬼など最初から存在しないものとして扱われてしまったのである。 恐怖心は必要である。それが無いと、破滅への道を容易く歩んでしまう。幻想郷に鬼が居ないというのは、恐怖心を忘れて傍若無人に振舞う人間の驕りに対する警鐘ととれはしまいか?
もう一つ。PARADOXにて記されていた「鬼は排除された土着の民(という側面もある)」と捉えると、現在の日本の民族構造を見れば鬼が居ないことは明確である。かつて日本は様々な文化、価値観を持つ民族で構成されており精神的土壌が豊かであった。しかし、現在は事実上「日本国民」で一括りされ、文化も価値観も昔に比べて平坦で凡庸なものになっている。鬼が居ないというのは、この現状に対する憂いともとることができよう。
いずれにしても、この作品における鬼というものは、ZUN氏の精神的な豊かさに対する想いを表してのではないかと思った次第。「夢違科学世紀」のあとがきも、モノが優先されココロを疎かにしている社会に対する強烈な皮肉に溢れていたし。
なお、萃香については、容姿に幻想種的要素が多いので幻想郷に居られるのではなかろうか。あの容姿が恐怖心の象徴と言われても…(笑)。
乏しい知識と不勉強のため、相変わらず狭い視点でしか物事を捉えられていない文章ではありますが、どうかご容赦を。第一、これを記している私自体、モノを優先する貧しいココロの持ち主でありますので…。
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