きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の
コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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「もうずっと前からあなたを知っている」「コーラはよく振ってから飲もうね」 村上きわみ
目の前にドアがある。 開ける前からドアの向こうの景色を私はよく知っていた。
場所は海で、 季節は秋で、 それも午後で、 私たちはテトラポッドに腰掛けて、 きらきら光る波を見ている。
ジーンズを通して伝わってくる、 陽射しにあたためられたコンクリートの固い感触も、 潮をはらんだまま髪にまとわりつく風の匂いも、 スニーカーから8センチ下りたところで、 薄暗い水が立ててるタプンタプンという音も。
私はよく知っていた。 「私たち」が居た景色を、 ドアを開ける前から。
どこからか声がする。 「栓を抜く前にさ、よく振るんだ。こうするともっとおいしくなる」 コーラの瓶のくぼんだところを握って上下する手。 小指のつけ根あたりから甲の中心にかけて5センチほどの傷跡がある、手。
とつぜん、 ピシューッと音がして、 コーラが勢いよく放出される。 黒くて甘い水の弾丸で私は撃たれる。
はじける悲鳴。 底が抜けたような笑い声。
射抜かれてべたべたする髪。 肌にはりつくTシャツ。
知っている、知っている、知っている。 私は「私たち」を知っている。
そして、それは、もう、 「私たち」ではなくなったことも。
知っている。
あれ? なんだ、私、怒ってるんだ。 さっきからドアにもたれたまま、
怒ってるんだ。
よく振ってあなたに返す秋の海 なかはられいこ
あの声は(温めますか?)あなたでしたか なかはられいこ
おにぎりあたためますか?
いえ。
お弁当あたためますか?
いいえ。
ではせめてサンドイッチをあたためさせてください。
いやだよ。
マルボロライトはいかがですか?
いかがって何が?
あ。ようやく会話になりましたね。
会話したかったの?
ええ、とても。
じゃあ質問。エプロンの色すき?
え?
だからエプロンの色、あんたがいまつけている、その。
すきもなにも、これは決まりなので。
決まりはすき?
すきもなにも、決まりは決まりなので。
会話したいんじゃなかったの?
そうですけど。
じゃああんたは何がすき? たとえばこの世界にあるもののなかで。
ピアノの音、でしょうか。
いいね、ほかには?
真冬の駐車場でたべる肉まんとか。
うんうん。
あ、あと、犀もすきです。
犀。カバに似てるやつね。
ちがいますっ。犀とカバはぜんっぜんちがう。
あはは。あんたやっとふつうの人っぽくなった。
あなたは何がすきですか?
そうだな、とりあえず今は、あんたのその八重歯、かな。
「もうずっと前からあなたを知っている」「コーラはよく振ってから飲もうね」 村上きわみ
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