きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の
コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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ほころびもほろびも遠いものとして葡萄の種子を吐き出している 村上きわみ
「ほころび」と声にだしてみる。 「ほろび?」と聞きかえす。
「ほ・こ・ろ・び」 「ほ・お・ろ・び?」
セーターに空いたちいさな穴のはじっこから、 五ミリほどの毛糸の先っちょがひょろんと出ている。
「これは芽かもしれない」 「目?」
芽かもしれない。 セーターの大地からにょろんと生えたほろびの芽。 ひっぱればひょろひょろと伸びて、 あてどなく伸びて、 ついにはセーターをほろぼすことになる芽。
目かもしれない。 セーターのほころびから肌が見えている。 凶暴なエネルギーを内側に秘めたまま、 いっときのしずけさを獲得している白い肌。 台風の目のようなしんとした肌。
も し も し、
あ な た、
覗 い て ま す ね。
ほころびてゆく精神と ほろびてゆく肉体に 葡萄の種を埋めよう。 いちばんふっくらした いちばん光る種を埋めよう。
波の音しているけれどぼくじゃない なかはられいこ
背景はあざみに固定されました なかはられいこ
「そこはゆるくむすんで」
いきなり声をかけられた。郊外の大型書店。新書の棚の前に立っていたときの ことだ。ふりかえると見事な白髪の婦人が微笑んでいる。みるからに複雑なパ ターンから仕立てられたことのわかるコートは、足首までとどく長さだ。緻密 な布地は、秋の枯れ野のように赤茶から金へのグラデーションをなしている。
「なにか?」 「そこはゆるくむすんでくださらないと困ります」 「はあ」 「あなた、余地というものをご存じない。いつかそれが致命傷になりましてよ」
戸惑った。興味をひかれたことは確かだが、このまま会話をつないでいくべき かどうか迷ったのだった。コートひとつとっても、趣味のいい婦人だというこ とがみてとれた。お金のかけかたに品がある。何代もかけて身についてきた立 ち居振る舞いなのだろう、首をかしげてこちらを覗き込む仕草は可愛らしく、 それでいて、世俗的なものとはきっちり距離をおくような高邁さも感じられた。
「あの、どこかでお目にかかりましたか?」 「ゆるくむすんだからといって、逃げていってしまうとは限らないわ。世界と あなたとの契約は、もうとっくに成立しているのだもの」 「契約、ですか」 「むすびめはゆるく、そして堂々と、よ」
彼女はそれだけ言うと、ぱたぱたと身体を折り畳み、みるみるうちに床のPタ イルの継ぎ目に吸い込まれていった。一連の動きがあまりに自然だったので、 その光景を奇妙だと感じるひまもなかったが、よく見ると彼女が吸い込まれて いったタイルの継ぎ目は、長いことぶるぶると震えているようだった。 やれやれ、今日はもう帰ったほうがよさそうだ。ぼくは頭をかるく振りながら その場を離れた。それにしても、と、改めて彼女のことばを反芻する。 ゆるく、堂々と?
ほころびもほろびも遠いものとして葡萄の種子を吐き出している 村上きわみ
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