薔薇園コアラの秘密日記

2004年02月05日(木) 働くおばさん

 今朝、待望のお掃除のおばさんがきてくれた。
 あまりもの汚れっぷりにびっくりしていた模様。
 すぐに我武者羅に働き始めた。
 
 他の会社で深夜や早朝に働いているらしく、身のこなしに全く無駄が無い。お〜う、素晴らしい!
 
 それから・・・。
 今朝、日本時間の早朝3時に、祖母が老衰で他界しました。享年92歳。
 私が看にいっている間は、最期の最期の力を振り絞って、私に接していてくれたのだと思います。よくここまで永らえたものだと思います。
 がんばったね、おばあさん。。。

 それから不思議な現象。
 私、昨日の夕方ぐらいから、どうしても息苦しく、血圧もかなり高そうであった。夕食時にはどうしても立ってることができなくなって、ベッドに倒れこんだ。

 二時間後に、実家の母から電話があり、祖母が亡くなった旨、連絡があった。おもしろいことにちょうど同じ時間帯、私の心臓が苦しくなって倒れた頃だった。

 一月に入ってからの不調を振り返ってみても、祖母の危篤状態の時期と重なる。祖母は、自分と同じ痛みを分かち合うことで臨終を知らせてくれたのだと思う。そのように結びつきの深い祖母と孫なのだ。

 私は日本できちんとお別れをしてきたから、今はそれほど悲しくない。どちらにしろ、今までずっと離れて暮らしてきたせいか、遠くから偲ぶというのが普通なのだ。遠くても解り合えるものなのよ。

 この前帰ってきたばっかりだし、お葬式は参列できないけど、春休みにでもまた日本に帰ろうかな・・・。



2004年02月04日(水) 日常生活復活!

 ここ一年間ほど、お手伝いさんを雇わず一人で家事をこなしてきた。だけど、そろそろ人の手にゆだねることにした。ここらで、アクティブに動き回り、在宅時も家事に煩わされることなくパソ仕事に専念したい。

 で、昨日、一昨日と、頼んだ人が来るのを待っていたんだけど、ポーランド語での意志の疎通がうまくいかなかったらしく、待てど暮らせど誰もこなかった。お手伝いさんがきて働きやすいように家の片付けをしているうち、いつも通りきれいにしてしまった。ははは。

 しかも、ごちゃごちゃしたものを片付け、シンプルに快適なリビングに仕上げた。また、このまま自分でやろうか・・・などと思ってしまった。いやいや、残りは後日新しいお手伝いさんにハウスキーピングしてもらおう。

 その合い間に、何人もの人に元気な文面でメールを書いた。
 そのうちの一人は事務的なメール。チケットを用意してもらったJAL旅行代理店へ。

 往きも帰りもすいていたから快適な空の旅だった・・・ということを伝えた。しかし、JALの社員にとっては、空席の多い飛行機は死活問題でもあるのだろう。ノーテンキな客のメールに、苦笑しながらレスを下さったというのが文面でわかる。

 ホントに、私としたことが・・・。
 ごめんなさい、カシムラサン。いやいや、名前間違えちゃった、カシワムラサン・・・。

 



2004年02月03日(火) 〜次男の日記より〜

 昨晩書いた日記に上書きします。

 毎晩、寝る前にボーズたちの宿題の日記をチェックします。
 清二がなんだかとても愛しいことを書いていたので、一部抜粋。

『2月2日 月よう日
 きのうおかあさんがかえってきました。 
 おかあさんがいなかったら、いくらでんきをつけてもどよーんとしていて、学校でいつもはふつうくらいなこともむずかしくなるくらいつらかったので、とてもうれしかったです。』

 日本から電話をしたとき、ママがいなくて、ちょっぴり寂しいけど大丈夫だよ・・・と強がっていた清二。そうか、そう感じていたのか・・・。
 あの子はまだ8歳なのだ。まだまだ子供なんだから当たり前だよね。

 かたや、理人坊ちゃん。ママがフライトした日の晩に、熱を出して寝込み、学校を二日間お休みしました。
 
 きっとこれは知恵熱のようなもので、今までにも私が家族をおいて外泊した晩は、不安と寂しさを感じて、幼い頃から必ずといっていいほど発熱したのです。デリケートな子供は、不安を感じると自己免疫力ががたんと落ちるものらしいです。
 
 でも、理人は最近自立してきたからもう大丈夫なのかなーと思っていたけど、案の定・・・ってなことになりました。
 精神の自立と寂しさは別のものだろうし。

 私の留守中は、毎日学校の帰りにお友達の家で夕食までお世話をしてもらうことになっていたんだけど、急遽、主人の同僚の奥さんが理人の看病をしに家に来て、連日留守番をしてくれました。
 はぁ、きっと使い勝手が慣れない家で本当に大変だったことと思います。本当にありがとうございました・・・なのです。

 そんな中、清二はがんばって一人で学校に行って、みんなが心配してくれるから、大丈夫なふりをして、普通通り笑顔をふりまいていたようです。

 あの子はあの子なりにつらかったんだ、やっぱり。
 せっちゃん、ママ、一週間も留守にしてホントにごめんね。
 今日はパパ出張だから、いっしょにママのベッドで寝ようね。


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 2月2日(月)〜晩に書いた日記〜

 ポケモン「ファイヤーレッド&リーフグリーン」


 ママの帰りよりもお土産を待っていたボーズたち。
 
 日本で1月29日発売の「ポケモンファイヤーレッド」と「ポケモンリーフグリーン」を早速購入してワルシャワの自宅へ。

 昨夜10時半に帰りついたというのに、真夜中の12時ごろまでベッドの中でゲームをしていたようだ。

 そして翌朝。
 いつもはたたき起こしてもぎりぎりまで寝ていて、寝ぼけマナコのまま学校へ行く日もあるのに、今朝は二人ともパパよりもママよりも早く起きて、起き抜けからゲームをしていた。
 そこまでするほどまで、首を長くしてゲームを待っていたのだ。

 そのゲームソフト。東京駅の近くのポケモンセンターで買ってきた。
 1月30日、土曜日。その日は、ゲーム発売最初の週末ということもあって、お店の前では親子連れの長蛇の列。私が行ったときにはなんと一時間待ち。重たいスーツケースを片手に、いきなり途方に暮れてしまった。

 その日のスケジュールはというと、昼頃上京、子供たちの土産を買って、2時に錦糸町の親戚に挨拶に行き、3時過ぎに友達と高円寺で待ち合わせ。その後、双子を出産したお友達に会いに三鷹へ。それから6時に吉祥寺で落ち合って女4人で飲みに行く・・・という超ハードな予定。
 
 とてもじゃないけど、列の最後尾について、一時間も待つ時間の余裕などない。
 そこでプラカードをもって入場整理をしていたオネエサンに事情を話し、私だけ特別に先に入らせてもらった。
 
 その事情というのも、飛行機の時間に間に合わなくなるから先に入れてほしい、などというもの。フライトは翌日なのに。本当はその晩、杉並のお友達の家で泊めてもらう予定だったんだけどね。

 まぁ、正直なことを話してでも、先に入らさせてもらわないと、兎に角スケジュールをこなす時間がなかったのだ。

 この先もっと詳しく書こうと思っていたんだけど、時差ぼけで今、ものすごい睡魔に襲われているの。私、このままベッドに行きます。続きは気が向いたらまた今度。

 うわ〜ん、ねむたい・・・。
 ねむいからってぐずって泣いちゃいそ。
 新生児の赤ちゃん並のレベルか、私は。
 
 じゃ、おやすみなさい。


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祐子 [MAIL]

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