薔薇園コアラの秘密日記

2004年01月19日(月) 長い月曜日

 今日は、子供たちが学校の帰りにお友達の家で遊んでくるので、帰宅は晩の7時前になる。夕方まで時間はたっぷりある。

 朝早くから、いろんなところから電話が入り、それを終えてから家の掃除をしようと思いながらも、長々としたおかしげなメールを書いたり、ちょっと横になって、雑誌をぺらぺらめくったり、台所でつまみ食いしたり、またパソでだらだらネットをしていたら、あっという間に一日が終ってしまった。
 
 それも6時前になってからやっと家のモップをかけ終わったところである。
 結局また買い物にも行かなかった。
 明日から出歩くことにしよう。

 さっき、ベッドのサイドテーブルを片付けていて、そこにあったメモ帳をみつけて思わず苦笑。

 そういえば今年の新年の誓いに、夢日記をつけようと思い立った。
 いわずもがな、三日坊主。
 それも、本当に三日分しか書かずに終っている。

 これは旅行先の島にいるときに書き始めたものだった。
 
 でも、その内容がことごとく予知夢であるような気がして、急に怖くなって、意図的に書くのをやめた。

 例えば、今までに見た能天気な夢では、プラハに異動されたお友達ファミリーに会いに行った夢とか、ワルシャワ在住の手の器用な奥さんに何かを作ってもらった夢とか。家族で何かをしている夢とか。ま、それらはやがてそういうことも起こり得るであろうと思われる微笑ましい夢だからいいかもしれない。

 でも、夢は必ずしも楽しいものばかりではない。
 幸いにも、今日までは不幸を予知する夢はみていないからいいものの。

 年が明けてから、祐子サン的なわがままをいっぱい言って、周りをすっごく困らせている夢を何度もみた。

 あ"……。やっぱり夢を書き留めるのはやめたほうがいいみたい。

 もし、あんな夢が現実になったら……。
 
 



2004年01月18日(日) ようやく復活

 ここしばらく体調を崩して外出を控えていました。
 週明けには、精力的に出歩けるほどに体力が回復していることでしょう。


 この日記を書きながら、合い間に卓上の小さな写真たてをちらっと見る。
いつもの習慣で。

 写真の人は、私を励ますように見守るようにじっとこちらを見つめている。
いつものように。
 
 今日はいつにもまして、写真の人の瞳に魂が宿っているように感じる。

 「ユコさん、がんばりなさい」って声が聞こえてきそう。
 そんなに優しい瞳でこちらを見つめられたら、かえってつらくなるのにな。
 写真の人は、生身の人じゃないんだもん。
 ちょっと寄り添ったりできないだもん。

 あ、今、微笑んでるみたいに見える。
 あ、今、私に何か問いかけてる。
 あ、今、ふふふ・・・だって。

 あーあ、一緒の空気を吸いたいな。
 あーあ、一緒に空気を吸いたいな。

 心の中だけじゃ、つまんないよ…。
 心が満たされるだけじゃ、つまんないよ…。

 



2004年01月08日(木) 「ワルシャワの秋」

 外は雪景色、室内では着膨れのぶくぶくぶーだというのに、タイトルは季節外れのように「ワルシャワの秋」

 なんのことはない、これは、年末に放送された関西テレビ放送開局45周年記念ドラマのタイトルである。残念ながら、JSTV(国際衛星放送)では放映されなかったし、番組のことを知ったのは年が明けてからであった。

 関西テレビ放送開局45周年記念ドラマ「ワルシャワの秋」

 ストーリーや歴史的背景は、上記HPにわかりやすく書いてあるので、ここで繰り返し書く必要はないだろう。
 ポーランドでも放送されるようだけど、誰か日本で録画した人いないかなぁ。

 ポーランドは、他の欧米各国よりも親日的である。
 これはここで生活していて、肌身に感じる。

 ドラマになった、シベリアのポーランド孤児を日本赤十字で受け入れたことも、第二次世界大戦中に杉原千畝がリトアニアのユダヤ人に渡航ビザを発給したことも、人道的措置であった。

 ポーランド人が日本人に向ける眼差しが優しいのもわかるような気がする。これほどまでに、敬虔なカトリックの国であるから、受けた善意には心からの感謝で応える。

 秋に、ワルシャワ日本人学校の子供たちが、プオツク市の子供舞踊団との交歓会に招待され、車で二時間ほど離れた町にいってきた。行く先々で丁重に迎えてもらった。日本語で「さくら」や「蛍の光」を歌ってくれ、いかに日本との交流を大切にしているかを伝えてくれた。

 日ポ間の善意のかけ橋は、今ではしっかりとした礎ができているんだ、と実感できた一日であった。

 天皇・皇后陛下が公式訪問されたときも、その町で子供民族舞踊をご覧になったようだ。

 町の広場の一角には、「ヒロシマの鐘」のレプリカがあり、毎年8月6日に鐘を鳴らす儀式があるそうだ。
 
 市民は、その鐘の音を聴きながら、罹災者全員への鎮魂・追悼の意を込めて世界の和平を祈るのであろう。

 国境も民族も宗教も超えて。

 

 
 


 < 過去  INDEX  未来 >


祐子 [MAIL]

My追加