毎朝、お弁当を三つ作っている。主人と息子たちの分。 今朝も普通どおりにお弁当を作って、三人を送り出した。
みんなが出かけた後、後片付けをするために台所へ行くと、テーブルの上にお弁当の残骸に混じってハム太郎の黄色いお弁当箱が置いてある。 蓋の内側がご飯の熱で露をうっている。まさか、昨日のお弁当箱ではあるまい。どきっ。これって、もしかして・・・。 いやぁ〜ん、清二の分、間違って空のお弁当箱を包んじゃった。 あっちゃー、どうしよー。 どうしよーといっても今更仕方がないので、あとで買い物がてら学校に届けることにした。 12時前に学校につくと、まだ四時間目の授業中だという。こんな用件で授業の邪魔をするのもはばかられるから、授業が終るまで図書室で過ごすことにした。 しばらくすると、ばたばたばたと大きな足音がして、慌てた様子で清二の担任の先生が図書室に飛び込んできた。
「あ、あの、清二さんのお弁当、空っぽなんですけど。今、職員室からお宅にお電話しようとしたら、お母さんが学校にいらっしゃってるときいたものですから・・・」
うわっ! しまった!! 遅かった・・・。チャイムが鳴ってから教室にいけば間に合うだろうと思ったけど、低学年は複式学級で新一年生と一緒だから、一年生が学校に慣れるまでは少し早めにお弁当を開くらしい。
自分の失敗をごちゃごちゃ先生に弁明しながら、慌てて一緒に教室に向かった。教室の一番奥の席で、しょんぼりとした清二が一人困った顔で頬杖をついていた。その下には、広げたお弁当クロスの上にぽつねんと小さな蓋を閉めたままのお弁当箱が。 みんなで「いたーだきます」をしてお腹をすかせて、さぁ、食べよう、というときに弁当箱が空だったときの清二のショックって、相当なものだっただろうな。
うわーん、清二、ごめーん。ママを許してね・・・。
今日、コロコロコミックが届いたから機嫌直してね。 おやつにドラ焼きもつけてあげるからさ。
先日、清二が、「ママー、眠いんだけど眠れない・・・」といって私のところにきた。その日、清二にとって、いくつかの心穏やかならぬことがあったので、心をほぐしてやるためにも、寝る前に本を読んであげることにした。
清二が選んだのは、「スーホの白い馬」福音館書店、私が選んだのは学校で借りている「うみのおばけオーリー」岩波書店。 たった二冊なんだけど、どちらも結構長いお話。 「ヤマザキ」というマンガを読んでげらげら笑っていた理人も、二段ベットの手すり越しに頭だけだして、上から本を覗き込んでいる。
子供たちが小さいころ、ベットで並んで寝ながら絵本の読み聞かせをした。短めの絵本なら一気に軽く10冊ぐらい、時には何度も繰り返し読んでやった。 初めは絵が多い絵本ばかりだったけど、子供の成長と共に、ストーリー性のあるものを読んで欲しがるようになり、お話系の本も読むようになった。ははは、長いから読むのは結構疲れるんだけどね。 我が子たちは話の途中で眠くなってしまうことは絶対にない。必ずお話の最後まで聞いてから、おやすみをする。我が家の場合、子供が寝付くまで傍らで本を読んであげる・・・なんてことはありえない。そんなことしたらこちらのほうが絶対先にダウンしてしまう。 こちらに引っ越してから、子供たちが二段ベットで寝るようになり、添い寝をすると二人に平等には読めないので、忙しさにかまけてそのまま読み聞かせ自体しなくなった。 でも、読み聞かせは何歳になっても子供の心の栄養になるから、たまには読んでやらないといけないな・・・などと思っていた矢先だったので、今回は読み聞かせ再開のいいきっかけになったと思う。 ベッド脇にクッションをいくつも重ねて座って読むことにした。ちょうどつい先日ベッドにもランプもつけたことだし。こっちの環境も整えないと、読み手のほうが疲れるからねぇ。
我が家の子供たちは自分で本を読むよりも、同じ本をママに読んでもらって聞いているほうが、絵本の中からはるかにいろんなことを感じとっているみたい。 我が子たちもまだ幼いからか、目で必死に文字を追って、読んだ内容を頭で理解し、それを心で感じ取る・・・という思考回路がまだまだ未熟なのだろう。 けれども、ママの読み聞かせならば、耳からはいってくることからいろんなことを瞬時に読み取り、心で豊かに感じ取ることができるようだ。 この世に生を受けたときから今日まで私の声を聞いて成長しているから当たり前なのかもしれないけど。 一人で本を読むようになったからといって子供たちに背を向けてしまわず、もうしばらくは、親の口で読み聞かせをして、聴覚によって子供の感性を刺激し続けてあげようと思った。
読み聞かせの時のママの穏やかな声は、なんといっても一番の心の安定剤だろうしね。
| 2003年04月20日(日) |
静かな湖畔でバーベキュー |
ワルシャワ北部にあるゼグジンスキー湖のほとりで、うちわのお友達8世帯でバーベキューをした。 そこはワルシャワから車で一時間もかからないところなのに、異国のリゾート地のような雰囲気だった。
お腹がいっぱいになったところで、誰からともなく広場で野球を始めた。 ちびっこたちが守備につくと、いつの間にかお父さんたちも外野あたりで球を待っている。 そのうち、塁審、バッターの指導する人、ピッチャー、バッターと、中に入って一緒に汗をかいていた。 草野球世代のお父さんたちは、ボールとバットがあればじっとはしていられないのだろう。
お母さんたちは、春の日差しの下、湖からの肌寒い風を受けながら日が傾くまでずーっとおしゃべりをしていた。
* * * * * * * *
ゼグジンスキー湖はマリンスポーツのメッカであった。
沖のほうで、いくつかの帆がかなり早いスピードを出して湖を縦断しているのが見える。 一つの帆がこちらの岸に向かってきた。 帆が風を孕む音と板が波を裂く音が混ざって、ざっざっざっと小刻みに聞こえてくる。それも、ちょっとした風のいたずらで、とても間近に聞こえたり何にも聞こえなかったり。
風が沖からの音を運んでくる。 音が聞こえるときだけ風の通り道が見える。 風よ吹け吹けもっと吹け。 私の耳にお前の通り道を見せておくれ。
|