薔薇園コアラの秘密日記

2003年02月07日(金) 何だか今日は元気いっぱい!

 今日は金曜日だから、ポーランド語の日。
 授業の後、買い物がてらにガレリア・モコトフに寄ってうろうろした。腹ごしらえに、コーヒーヘブンでキチンサンドとカフェラッタをたのみ、一人でひたすらぼーっとした。

 ちょっと考え事をした。そういえば目下、抱えている悩みも心配事もストレスもあんまりないなぁって。はぁ、なんとまぁ、おめでたいことでございましょう。でも、よーく考えたら、ホントにない。アハハ、幸せなんだ、私、きっと。
 相変わらず祐子さんときたら、ノー天気にいい気なもんです。

 今日、郵便局まで大雪の中、車を運転していった。普段は帰宅ラッシュ時にでかけるのは億劫に感じるのに、今日はなぜかしら一人なのに楽しかった。
 前々から出そうと思っていた郵便物をポストに持っていき、身の回りがすっきりしたら、心もすっきりしちゃったみたい。ずーっと部屋に置いてあるのをみて、「早く、郵便局に持っていかなくっちゃ。」と気が気でなかったから。そんな些細なことでも、ストレスが軽減するんだな、って思った。
 そういえば、ポストの帰り道から急にむくむく元気が出てきたような気がする。普段だったら、ポーランド語の日の午後はぐったりしているのにね。

 夕方、子どもたちが学校から直接、友人宅に遊びに行ったので、自宅で私一人でゆっくり過ごした。この静寂と広い空間が贅沢。日中は毎日がそうなんだけど、不思議と普段はそう意識しないものだ。
 
 一人でゆっくりテレビを見た。
 ZDF(ドイツ第二放送)の夕方のドラマシリーズ。子どものいるときは、日本語放送か、クレヨンしんちゃんのビデオしか流れていないから、この時間帯に自分の見たい番組がみられることはめったに無い。
 
 ドイツ語を聞き流しているうちに、昔のドイツのことをいろいろ思い出してしまった。特に、今日みたいに一人で過ごす晩には、理人が生まれる前に学生をしていたときのことなどを。結婚した後も学生時代が戻ってきたみたいで楽しかったもんなー。
 
 ちょっと前だったら、楽しかったあの時代はもう帰ってこないのね・・・と一人でこっそりため息ついてたけど、不思議や不思議、今日はちょっと懐かしむだけ。ふふふ、何だか今日はテンションが高いぞ。

 今日は特別なーんてことの無い日なんだけどな・・・。
 鏡に映った自分の姿、元気っぽいぞ! 
 祐子さんたら、どうしたんだろうね。

 So geht mein Leben weiter.



2003年02月06日(木) 今日のワルシャワは大雪

 今朝から雪が降ってかなり積もったらしい。
らしい・・・というのは、夕方、友達からかかってきた電話ではじめて知った。今日一日外出しなかったし、終日、カーテンを閉めた寝室で読書をしていたので、窓の外さえも見なかった。

 どのくらい積もったのか見てみようと思い立ち、家の前の小さなスーパーまで買い物に行った。家の前だから、ものすごく近い。
 どのくらい近いかというと、マンションの出口から店の入り口まで、50歩。あはは、ホントに近いや。

 小さな通りを斜めに横切るだけなんだけど、幹線道路から分岐した通りからさらに脇に入る小路なので、除雪が不十分でどっさり雪が積もっている。マンションの管理人さんが、一生懸命に除雪しているけど、追いつかないみたい。
 
 我が家の下はオフィスなんだけど、玄関先で
「うわー、すごい雪、どうやって帰ろうか・・・」
などと話し合っている人や、携帯電話で市内の道路の状態を尋ねている人でごったがえしている。

 夕刻、街灯に照らされた通りに出てみた。空から雪が舞いおちていても、気温はそんなに低くないので、外に出るのには抵抗が無い。いつもは薄汚れた感じがする近所の光景も、暗さと白さのコントラストがきれいに映し出す。
 新雪に自分の足跡がつくのが嬉しい。すっかり童心に戻ったみたいに、お店までの短い道のりをウサギが跳ぶようにきゅっきゅっきゅっと雪を踏みしめてすすんでいった。

 そういえば、こんな風に雪がきしむ音、久しぶりに聞いたかな。



2003年02月03日(月) 神様が仕向けた自業自得

 日曜日の夕方。
 子供部屋から、週末の静寂を切り裂くかのような奇声。次男の清二のようだ。そのあと、火がついたように激しく泣き始め、泣き声で家中の壁が崩れ落ちるかと思うぐらいだった。
 
 子供たちは、午後からずっとポケモンのゲームボーイをしていた。
 清二は、もうそろそろ止めないといけないと思い、「レポート」の操作をしていた。そこへ理人が横から手を伸ばし、勝手にスイッチを消したらしい。
 その結果、ゲームのレポートができないまま、今日やったところが消えてしまったようだ。
 清二にしてみれば、時間をかけて苦労してバトルしたのに・・・・・・と怒りとショックを隠しきれない。

 先月から我が家では、ゲームボーイは、一日一時間と決めている。子供たちは私があげたネコちゃんのストップウオッチで正確に60分を測っているようだ。
 クリスマスにプレゼントされ、ずーっと長時間集中してやっていたら、わが子達にも案の定、健康上、精神上の問題が認められた。目や頭が痛くなったり、どきどきしすぎて心臓発作に近い症状も出た。
 今まで放任主義であったけど、これにはさすがに私たちも慌てた。
 自らは大げさには言わないけれども、各自胸に秘めた自覚症状があるのか、二人とも両親との約束をすんなりと受け入れた。

 今日、清二は朝とお昼頃に少しずつやった。更に午後から残りの時間をしているうち、時間を忘れて(私のお昼寝の間中)ずっーとやった。やった時間分だけ、先にも進めたようで、本人は内心、ご慢心だった様子。
 そして、その矢先の出来事だった。

 頑固な清二をなだめるのに、こちらも骨を折った。普段の兄弟関係にも及ぶことなので、半分お説教にもなった。
 理人は、ずーっとやっているゲームをもう止めさせようとして無理やりスイッチを消した、と正当化して言っているが、本当は清二が何かをクリアーできたのが悔しかったのだろう。
 お兄ちゃんのやっかみ半分の意地悪も日常茶飯事だから、清二がいつにもまして悔しがるのはわかような気がする。

 でも、ママたちとのゲームは60分という約束を守らなかった清二にも非はある。レポートできなかった分は、明らかに超過した時間にやっていたものなのだ。
「神様はどこかでそれをちゃんと見ていて、理人を使って、その分をわざと消させたんだよ。これはきっと神様が清二に与えた罰なんだよ」
ちょっと無理のある発想だけど、切々と言い聞かせると、さすがに清二も泣き止んだ。

 普段、神さまについて家庭レベルで話すことはめったにない。私は神道の家で育ち、主人は仏教、子供たちはプロテスタント系の幼稚園に通っていた。漠然と信じるものはインターナショナルな神様仏さまたちなのだ。
 子供たちにしてみれば、何かを信じること、イコール宗教上の神様・・・とは密接に結びつけてはいないかもしれない。
 でも、道理に合わないことをすれば罰せられるということは、誰が教えたわけでもなく自然に身についているようだ。

 親には説明しきれないことは、神のなせる仕業ということにさせてもらおう。たとえそれが喜ばしいことであっても、嘆かわしいことであっても。 

 一方、理人は・・・清二のあまりもの嘆きぶりに心を痛めて反省したのか、ポケモンの何かをあげたんだ、といっていた。ゲームの中での話だけど。
 今はすっかり仲直りした様子。

 そのあと、みんなで「武蔵」を見た。
 さぁさ、二人とも宿題終わった? 時間割あわせた?

 こうして寺田家の週末は静かに終わっていきましたとさ。
 

 


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祐子 [MAIL]

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