| 2002年12月17日(火) |
クリスマス休暇 2002 |
今年のクリスマス休暇は、テネリファ島(スペイン領)で過ごす。アフリカ大陸の西側、大西洋上に浮かぶカナリア諸島のひとつ。二年ぶり。
海の水は水温20度くらい。冷たいけどかろうじて泳げる。朝晩は少し肌寒くて、長袖が必要だけど、日中はじりじり日焼けするほど暑い。 10年前に避寒のためグラン・カナリー島を訪れた。ヨーロッパの冬の天候にうんざりしていた矢先に、南国のこの強い日差しが病みつきに。たった三時間半のフライトでトロピカル。太陽の下でエネルギーを充電する。 以来 ”冬の休暇はカナリア諸島で” というのが、我が家のライフスタイル。
今までに訪れたのは、グラン・カナリー島3回、フェルテヴェンチュラ島2回、そしてこのテネリファ島はこれが2回目、2年ぶり。どんよりとした空の下で毎日を過ごしている身にすれば、この南国の青空と力強い日差しは、本当に全身の隅々に生命の息吹を吹き込んでくれるような気がする。
ドイツ人は、この休暇(ウァラゥプ)を取るために半年間精進して働き、次の半年間の精気を南国の太陽の元で養ってくる。お金持ちから一般庶民まで、猫も杓子も休暇を取ってリゾート地へ出かけて行く。 ポーランド人はまだ一部のお金持ちぐらいしか、旅行でリゾート地に出かけないかな。でも、ワルシャワから南のリゾート地への直行便があるくらいだから、旅行者は少なくないのであろう。 主人などは、普段はハードに働いているから、たまには仕事からすっかり解放されて、十分リフレッシュする必要があるみたい。今回久しぶりにゴルフもしたいといっている。今までそんな暇すらなかったしね。一方、奥様のほうも、たまには家事からすっかり開放されて、リフレッシュする必要があるみたい。今回久しぶりにテニスもウインドサーフィンもしたいといっている。週4回お手伝いさん付の専業主婦は運動不足ぎみになるしね・・・なーんて言ったら舌を八つ裂きにされるかもしれない・・・。あはは、私はお気楽マダムなの・・・なんていうとホントに今度はハリツケにあうかもしれないな・・・。
少なくとも、ポーランドのこのどんより空とはしばしお別れさせてください。せめてパパが休暇を取れる間くらいは。
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それにしても、我が家のボーズたち(9歳、7歳)も以前に比べて旅行に連れて行くのがかなり楽になった。最近では子供用のスーツケースをそれぞれに買い与えてあるので、親が着替えから何やらを全部親が持っていくことはなくなった。
昨日、ワルシャワで一番新しくておしゃれなショッピングセンター・ガレリアモコトフに買い物に行った。旅行用のカバンをどうしても買ってほしい、と子供たちにせがまれ、甘っちょろいママは何のためらいもなく、リュックと肩掛けカバンを買ってやった。(思ったより高くてびっくりしたけど・・・)
帰宅早々、二人で楽しそうに荷造りをはじめた。リビングと子供部屋を行ったり来たりしている。で、あとで見てびっくり! なんと、中身はぜーんぶ、ぬいぐるみとおもちゃ。そういえば、店頭で選ぶときに、長男はなにやら宙を見つめてあれこれ算用をしていた。大きいぬいぐるみのどれとどれが入るか計算していたようだ。ぬいぐるみのひとつひとつが家族の一員だから、全員旅行に連れて行ってあげたいらしいが、全部は無理。熟考の上、厳選されたぬいぐるみだけがはいっていた。それもすし詰め状態。 ママ、思わず苦笑。
きっと、旅行前日になって、置いていきなさい! イヤ、もって行く!! ダメ、置いていきなさいってば!!! イヤ、絶対に持っていくぅ〜、 絶対に置いていきなさ〜い!!!!・・・・・・と親子間で押し問答になるのが見えている。さぁ、たいへんだー。
朝っぱらからポーランド人に大嘘を付いてやった。
毎日OCSから新聞が配達されるのだが、届くのが遅い。いつも夕飯を食べ終わるころ。うーむ・・・そんなに遅くに持ってこられてもねぇ。 そこで耐えかねて朝一番にOCSに早く配達してくれるように依頼の電話をした。そして最後にポーランド語で言い放った大嘘。 「私はジャーナリストです。毎日、新聞を読んで仕事をしないといけないのです。新聞が遅いと困ります」 だって。ククク、よく言うよ・・・。すると、 「ハイ、わかりました。それではこれから毎日一番にスタッフに届けさせます」 先方は、少し慌てた様子。今までも、何度も配達をすっぽかされたり、遅かったりして、OCSに苦情の電話を入れてきたが、この大嘘は絶対に効くであろう。嘘も方便。
私は基本的に、嘘はつかない。つかないというより、単細胞だから、何か指摘をされるとつじつまが合わなくなってすぐに嘘がばれてしまう。だからはじめから嘘はつかない。 日本人同士で、嘘を介する付き合いは息苦しいが、外国人相手になら案外平気でもある。マンションの上に住む大家さんとお手伝いさんには、私は作家の卵だ。と言っておいた。これで一日中パソに張り付いていても、ボーっとしていても、朝グーグー寝ていても何の不思議もないであろう。テニスのコーチには、今は左膝を痛めているから速く走れない、と言っておいた。ただ単に太りすぎで走れないだけなのに。ポーランド語の先生には、ドイツ語だったら全く支障なくしゃべれるんだけど、と言っておいた。これは年とともに脳の働きが退化して、語学が上達しないだけ。ドイツ人たちには、いつも実年齢より少なくとも6歳はさばを読んで、年齢を白状したものだ。この程度の嘘なら許してもらえるだろう。でも、なんだか私の嘘は、法螺に近いかも。
日本人特有の嘘に、虚栄と謙遜がある。 虚栄は論外だが、日本人の間では謙遜は美徳だと思っている人が多いかもしれない。でも私は決してそうは思わない。なぜに日本人はうまくできることでもあえて「私にはできません」や「下手で恥ずかしいのですが・・・」などと見え透いたことを言うのだろう。私はこうこうこういう事ができます。皆さんにどうぞごらんいただきます。ときっぱり言い切ることができる人のほうが、絶対に潔いし、自己主張ができていて個性があっていいと思う。 などと、自分の法螺を正当化するわけではないが、ただ、自分がこのように自己主張するに至るまでに、こんな私にも長いドイツ滞在生活をとおして、いろいろ紆余曲折もあったのだ。
ドイツで学生みたいなことをしていた頃、初めて知り合った人には必ず、職業か趣味について「あなたは何をする人か?」「大学で何を専攻したか?」または「あなたは何が得意か?」と単刀直入に聞かれた。正直なところ、返答に困ってしまった。当の私といえば、無趣味、無資格、無職(専業主婦とも言う)。学歴も遊びほうけてきた自分の学生時代を振り返ると、人に何を専攻したか口が裂けても言えたものではない。これは謙遜以前の問題で、これでは全くの無知無能な人間ではないか? こういう会話を何度も交わすうち、このままではいけない、自分は変わらないといけない、と自然に思うようになった。いつかは何か堂々と自分の特技や趣味を言えるようにならねばと。 それからの私は一念発起して、マールブルグ大学で学生の資格を取得して、ドイツ語学を専攻するために邁進(ちょっと大げさだけど)した。ただの一海外駐在員の家族がそこまで我武者羅にドイツ語を勉強する気になれたのも、周りの仲間たちの熱心に勉学にいそしむ姿に大きく影響を受けたからであった。 彼らは、誰もが先の将来の目標を定め、そのための準備として、勉強したり、学校に通ったりして、青年期を送っている。行き当たりばったり的に、私のように狭く限られた選択肢の中で自分の身の振りかたを決めるのではなく、先のビジョンを明確に持って生きているということである。
私のほうは、ドイツ語学を専攻して二学期目に入った頃、長男の妊娠とともに、結局すべてを投げ出してしまった。育児と学業を両立させている人もいるし、みんなも産後また頑張ったら、と励ましてくれたりもしたけど、やはりどこかに「語学留学の友達とは違って、私は駐在員の家族だから、何もそこまでしなくても…」という甘えが心の隅のどこかにあったのだと思う。今から思えば、ドイツ語学を専攻する目標もあやふやだったかもしれない。
あれから十数年。今の自分はどうだろう・・・。 今は住んでいる国も環境も目指しているものも違う。でも相変わらず、自分を前面に出してるかも。 まだ、自分の目標をここで語るには及ばないけれども、その目標に向けての努力は常日頃怠ってはいない。現在進行形。あとは飛翔へのチャンスとタイミングと神の手を待つのみ。
それよりも、今日ついた嘘、やがて実現しないかな…。おもしろいじゃない、ジャーナリストだなんて。やっぱ無理かな、新聞ちゃんと読まないもん。アハハ、私って、ほんとに大嘘つき!
昨晩、突然知人から連絡があり、夕飯に招待された。 そのお宅では、私たちの世代よりはるかに若いお兄さんが、台所で包丁を握ってなにやら手際よく食材と格闘していた。私たちを驚かそうとしてか、いろいろ質問しても、なかなか素性を明かさない。 テーブルには、えびしんじょう、牛たたきサラダ、雑炊、焼き豚ほか、彩りよく並び、この料理に合わせた最高のおもてなしワインが添えられた。 「うっわ、おいしいわー、これ!」の連発であった。 なんか、すごいよ、すごい! おいしーい! で、そのお兄さん、なんとマレーシアの有名ホテルのシェフだそうだ。 はぁ、妙に納得。確かにどれもこれも普通の人には出せない味だったよ。 ワルシャワの某Hホテルに、近々オープンする日本レストランに「和の味」を伝授しに、はるばる南国から極寒の地に2ヶ月間出張にいらしていたそうだ。そして、それがワルシャワ滞在最後の晩であった。 私の知人とはどういう繋がりかというと、四日前に、ちょっとした所用で出会っただけの、何の利害関係もない間柄。普通だったら、何事もなかったようにそのまま忘れ去られてしまう出会いかもしれないけど、その出会いには何か運命的なものを感じると思ったようで、最後の晩に自宅に招待したようだ。そこで彼は、では、お礼に何か作りましょう、ということに。そんなプロの味は自分たちだけで頂くのはもったいな過ぎると思った知人は、即、私たちにも声をかけてくれたのだった。
なんだか、すごく不思議な繋がりなんだけど、私たちにとってもおもしろい出会いだったような気がする。もしかして、次の赴任国はアジア圏で、彼のレストランで食事をすることがあるかもしれないし、単に旅行者として訪ねていくかもしれない。 昨晩の出会いがなければ、今後の人生に何にももたらすものが無かったであろう。
楽しい晩であった。 知人夫妻の「もてなしの心」にも見習うべきものがたくさんある。 彼らほど「一期一会」を大切にする人をいまだかつて見たことが無い。
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