2001年12月19日(水)  害虫

■『パコダテ人』監督の前田さん、アシスタントプロデューサーの石田さんと渋谷のサムラートでカレーを分け分けしながら映画の話。二人とも体調が悪いと言いつつ、よく食べる。函館映画祭で会った片岡礼子さんの『ハッシュ』について語っていると、製作・配給のシグロの方が近くのテーブルに。前田さんに紹介していただく。ここでもシンクロニシティに遭遇。■広告の世界から映画の世界に飛び込んだ石田さんに「第一線の監督と脚本家をつかまえてるんやから、企画を立てないと!」とハッパかける前田さん。え?わたしも第一線?「いま動いてる人は、誰かて第一線です」。ある映画関係者の話になったとき、「いつか見返したろと思てるんですけどね」とさりげなく言ったのも印象に残る。上映30分前に『害虫』試写会会場へ。10分前には満席だった。あおいちゃんは13才の役。


2001年12月18日(火)  シンクロニシティ〜天使からの小さな贈り物

新聞のコラムで阿木燿子さんが「最近シンクロニシティに出合うことが多くてうれしい」と書いていた。直訳すると共時性。なんとなく思い描いていたことと同じことを考えている人に遭遇したり、無意識のうちに欲しかったものがひょっこり手に入ったり。運やタイミングやいろんな偶然のかけ合わせで、思いがけない意味やドラマが生まれること。阿木さんは「天使からの小さな贈り物」と名づけていた。

映画をやりたいという気持ちに応えるようにかかってきた前田監督からの電話。そこからはじまった『パコダテ人』の映画化。アメリカのテロの後、「平和のために何ができるのか」を考えていたら舞い込んだ日本イラン合作映画の仕事。わたしは、たくさん贈りものをもらっていることになる。


2001年12月17日(月)  映画を編む

■会社が終わってから五反田イマジカへ。普段はTVCFの編集などでお世話になっているスタジオだが、この一画に「風の絨毯」の詰め所がある。日本側の制作スタッフの方々と名刺交換もそこそこに日本ロケ部分のシナリオ打ち合わせ。今まではプロデューサー二人と膝を詰めてやっていたが、一気に倍以上の人数になる。その場で意見をまとめて打ち上げる。帰り道「人が増えた分、いろんな意見が出て、いい方向へ修正できたと思います」と言うと、プロデューサーの益田さんが「シナリオも編むんですよね、絨毯と一緒で」。いろんな人が絡んだとき、糸がこんがらがるか、色彩豊かで温かい作品にできるか。そこで脚本家は試されるのかもしれない。書くのではなく、編むのだ。


2001年12月16日(日)  こだま

■シナリオセミナーに出席。石井ふく子さんが金子みずずの詩『こだまでしょうか』を引用され、「原稿用紙に向かうときは、その向こうにいる人間と向かっている。書くことで誰かからこだまが返ってくるのがシナリオの醍醐味」と話される。講師の鴨下信一さんは、出席者が提出したシナリオをメッタ斬りした後、「楽して書くな。苦労して書いて、書くことで豊かになれ」と激励。喝を入れていただく。


2001年12月11日(火)  『ハッシュ!』 1本の傘 2本のスポイト

ハッシュ!』を観た。函館の映画祭で見れなかったので、見たい見たいと思ってたら、会社の隣の席のチャチャキ君が「こういうの興味ある?」と試写会のチケットをくれた。念ずれば通ず。橋口監督と片岡礼子さんの舞台挨拶の後、上映。132分の長さを感じさせない。登場人物がカワイイ奴らぞろいで、愛せる作品。台詞も音楽も洒落てて、日仏同時公開と聞いていたせいかフランスっぽいにおいを感じた。ヤラレタ!っていう台詞が結構あったし、ちゃんと笑わせていた。チラシにあった「1本の傘からはじまり2本のスポイトを経て彼らは……」というコピーもうまい。

少し前、『パコダテ人』の前田哲監督が「今井さんならこれを持って歩けるでしょう」と『ハッシュ!』プロモーション用の手提げをくれた。黒地に白でタイトルが入り、そのまわりに精子君たちが泳いでいる。義母は「あらかわいい。おばけ?」と言った。

いまいまさこカフェbag gallery


2001年12月02日(日)  函館映画祭3 キーワード:Enjoy



Enjoy丼!
■ホテルリッチ函館をチェックアウトし、木下ほうかさんとともに前田監督の宿泊先へ。「朝市の丼は高いから他で食べよう」ということになり、「そういやホテルのレストランの看板出てたけど、イクラ丼300円て書いてたよな」と、ほうかさんとわたし。「何それ? むっちゃ安いやん!」と前田監督。看板をよくよく見たら2, 300円となっていた。「千の位が離れ過ぎでわからんかった」「何言うてるねん。こんなデカい文字、どうやったら見逃せるんや」。関西人が三人寄ると漫才になってしまう。結局、丼のチェーン店に入る。かき丼を頼んだらかき揚げ丼が出てきた。店員さんもボケてるがな。ほうかさんが三人分出してくれる。ごちそう様。


Enjoyコーラ瓶
■「僕ね、全然観光してへんのよ。ロケのときスケジュールがパツパツやったから」とほうかさん。市電で元町へ行く。ふらりと入ったガラス工芸屋の店先に首がぐにゃりと曲がったコーラ瓶があった。ひとり1800円で体験制作できるとのことで申し込む。炉で熱して瓶の首を溶かし、首先をつかんだ鉄鋏を素早く動かして一瞬で形を作るという作業。いい感じのS字になった。

Enjoyティータイム
■イギリス領事館のティールームでお茶。「スコーンのお客様?」「え、酢コンブ?」 「シナモンティーのお客様?」「品物(しなもん)はこっちに置いてもろて」。どこへ行ってもボケをかましてくれるほうかさん。■『いつかギラギラする日』でほうかさんが函館に来た十年前からのファンという中川さんと合流。ロケのときはカニを差し入れしていただいた。今日もごちそうになる。■金森倉庫で映画祭の写真展をやっているというので、中川さんの車で移動。パコダテ人の撮影風景のスナップもあった。備え付けのノートに『パコダテ人』の感想が書き込まれているのを見つけて、うれしくなる。

Enjoy鮨
■ほうかさんたちがロケのとき中川さんにごちそうになったという湯の川温泉近くのお鮨屋さんへ。何を食べても新鮮でとにかくおいしい。塩で握った鰺は最高。とろけるウニもプリプリのイクラも至福の味わい。しばらく東京ではお鮨を食べる気にならない。仕上げの赤だしも魚の出汁がよく効いて、最後の最後まで楽しめた。中川さんは用があるといって引き返してしまったが、お会計を済ませてくれていた。わたしまで、ごちそうになって、いいのやら。すっかりコバンザメ状態。■ひと足先に出発するほうかさんは空港へ、わたしと前田監督は市街へ。1時間ほどヒマができたので、インターネットカフェをはじめて体験する。飲み物つきで1時間300円。お茶するより安い。空港バスを待つ間、前田監督とパコダテ人のチラシのキャッチコピーのアイデア出しをする。「ハッピーって言葉を使いたいなあ」と監督。最終の空港行きバスで函館市街を後にする。前田監督は明日、青森に渡って相米監督のお墓参りをするので、もう1泊。


2001年12月01日(土)  函館映画祭2 キーワード:これが有名な

これが有名ないくら丼
■小山さんと待ち合わせて、ロケのとき食べそびれた『きくよ食堂』のいくら丼にありつく。カウンターに見覚えのある顔が……と思ったら、警官役で隼人を追いかけていた男の子だった。あおいちゃんの大ファンで、シネマネーの出演者募集に応募し、ロケも映画祭も大阪から自腹で参加しているとか。「今井さんのロケ日記を読んで、こちらのお店に来たんです」と言われる。期待に添えただろうか。わたしは、はじめてこの店でイクラ丼を克服したときほどの感動は味わえなかった。舌が大人になってしまったのかも。


これが有名なイカ飯
■あおいちゃんのメイキングビデオ追加撮りがあるというので、小山さんは大正湯へ。BONI(棒二)デパートでプリンを買い、牛乳おじさんちへ向かう。大町の電停で降りたら、ひとつ先のどつく前が正解だった。少し遠回りしてしまう。おじさんちに着くなり、「手紙送ったのに、ウンともスンとも言ってこねえから、都会の人間は冷てえって話してたんだ」となじられる。「(ビデオプランニングから)礼状は来たけど、隣(駒止保育園)と同じ文面だった」とも愚痴られる。「こうして会いに来たんだから許してよ」と言うと、「そうだな」と目尻を下げた。■「本物を食わしてやる」と運ばれてきたのは、自家製のイカ飯。もともと好物だが、これは今まで食べたどんなイカ飯とも違うおいしさ。とにかく柔らかい。イカと具の米が溶け合うようにひとつになって、米にイカの風味がしっかりしみこんでいる。「また食いに来い」と言われたが、この味のために函館に来るのもいいなと思ってしまった。■おじさん、奥さん、お嬢さんとしばらくお話しする。三人は『居酒屋兆治』にけっこうはっきりと出ているらしい。ロケ現場を通りがかったらスカウトされたのだとか。駒止保育園の前で大泉さんと撮った写真も見せてもらう。「函館に来て、おらと写真撮らないわけにはいかねえって言ってやったんだ。あの有名な大泉洋と並んでも負けてないだろ」と胸を張る。

これが有名なパコダテ人作者
■牛乳おじさんをお借りして、函館観光につきあってもらう。「これが有名なXX寺」「これが有名な外人墓地」。おじさんは、何にでも「有名な」をつける。知り合いだというお寺に上がらせてもらう。庭の木にぎっしり雀がとまっていてビックリ。■おじさんと歩いていて驚かされるのは、その顔の広さと人懐こさ。自転車に立ちはだかってびっくりさせたり、車に手を振ったり、通行人に抱きついたりと忙しい。会う人ごとに「これが有名なパコダテ人を書いた人さ」と紹介してくれる。「ああ、パコダテ人ね」となる人と「パコダテ人?」となる人は半々ぐらい。「知らねえのか? 有名な映画だべ」とおじさんは強気。「誰が出てるの?」と聞かれると、「おらが出てる」。面白すぎる人だ。歩き疲れると「休むべ」と八百屋の中にずかずか入って椅子に腰かけ、「あんたも座れや」と手招きする。ここでも店主やお客さんにパコダテ人を宣伝。この調子だと、函館中に知れ渡る日も遠くなさそう。■函館でいちばん古い現役エレベーターがある建物は、土曜日なので閉館。近くにある五島軒で休憩することに。オムライスとカレーが有名な洋食屋だ。昆布入り函館カレーとロシアンティーというご当地らしいメニューを注文する。■牛乳おじさんと別れ、一旦ロープウェイ山頂へ。誰もいないので、ふたたび麓に下り、西波止場まで歩く。巨大クリスマスツリー点火の瞬間を見ようと、すごい人出だ。フェリシモ郵便局へ行き、クリスマスカードを一通書いて、クリスマスポストに投函する。パコダテ人の冒頭シーンを思わせる、女の子が窓辺で星に願いをかけているイラストに、作品がたくさんの人に届くよう願いを込める。

これが有名なダジャレ監督
■パコダテ人の前に、『まぶだち』が上映された。sWinGmaNに出ていた男の子が主演だというので、ほうかさんと並んで見る。最近あちこちで取り上げられていたので、気になっていた作品。中学生の男の子たちの友情がすがすがしい。『STAND BY ME』をまた観たくなる。■いよいよパコの上映。土曜の夜ということで、今夜の人出はすごかった。階段の下まで続く列を見て、感激する。補助椅子を出しても座りきれず、かなりの立ち見が出る。最後列の後ろに立ち、人で埋め尽くされた客席を見ながら、公開もこうであってほしいと願う。上映ごとに涙する場所が変わるが、今回はエンドロールに泣かされた。「函館市民のみなさん」に連なった名前を数えていると170を超えている。少なくともこれだけの人々が力を貸してくれたのだ、その本人や家族が見に来ているのだと思うと、文字がじわっとにじむのだった。舞台挨拶で、好きなシーンを聞かれて、「屋根の上」と「雨宿り」と答える。今夜は前田さんのギャグが走っていた。「北海道で先行公開し、本州に下りていくわけですか?」と聞かれ、「どう南下わかりません。公開せんと後悔するかも」。ロケ地の金森倉庫の話になると、「すぐ倉庫にありますけど」。作品よりも笑いを取っていた。上映前にやって、客席を和ませておくべきだったかな。■上映後、バーカウンターのある店で映画祭の人たちと飲む。前田監督と『ぱこだて人』シナリオとのキューピットとなったじんのひろあき氏と初めてじっくりお話しする。NHKのオーディオドラマを百八十本以上手がけたと聞いて驚く。テーブルの反対側で『まぶだち』の古廓監督を取材していた函館ラサール高校新聞部の男の子が、「パコダテ人の話を聞かせてください」とメモ片手にやってきた。わたしよりも饒舌に質問に答えるじんの氏。行ってないロケの様子を手に取るように生き生きと話しだしたのには舌を巻いた。卓抜した想像力と創造力。脚本家の真髄を見る。


2001年11月30日(金)  函館映画祭1 キーワード:ふたたび

ラッキーピエロふたたび
■7:50羽田発のJAL。隣の外人さんがワッキーだったので、口だけで息をする。眠れやしない。9:05函館着。ボランティアスタッフで録音助手をしていたゆうちゃんが出迎えてくれる。「観光につきあってくれる一日ボラスタ募集」とメールを送ったところ、試験期間中にもかかわらず、名乗り出てくれたのだ。同じくボラスタだった瓜谷さんの運転で、市内へ向かう。映画祭実行委員長のあがた森魚さんから携帯に電話。「今井さん、今年はいらっしゃるんですか?」「ええ、もう着いてます」。■あおいママと妹ちゃんが前日から函館入りしているとのことだったので、電話し、合流することに。「ロケ地めぐりをしたい」という希望が一致し、まずはラッキーピエロ人見店へ。ラッキーピエロは、これまで西波止場店しか行ったことがない。人見店にはラーメンがある。メニューも内装も店によって少しずつ違うらしい。ここは壁もテーブルも椅子も白くて、ペンションのような雰囲気。ひかるたちが座った窓際のテーブルを陣取り、チャイニーズチキンバーガーをほおばる。分厚すぎて、子どもの口には負えない。妹ちゃんはパンとレタスとチキンを解体して格闘していた。


大正湯ふたたび
■外は雪がちらついている。今朝までは吹雪だったとのこと。二年前に来たときは耳がちぎれるかと思い、口を開く気にもならなかったが、それに比べれば暖かい。■おなかいっぱいになり、大正湯へ移動。表戸は鍵がかかっている。まだ営業時間前だ。勝手口に回り、恐る恐る呼び鈴を鳴らす。「パコダテ人でお世話になった者ですが……」と名乗ると、しばらくして、表戸がガラリと開き、おかみさんが顔を出した。あおいママと妹ちゃんはロケで来函したとき大正湯を見ていないので、脱衣場を見せたかった。番台や飴色の柱や懐かしいビールのポスターや脱衣籠を。おかみさんが「本見ました?」と 『映画で歩く街 函館』を奥から持ってくる。パコダテ人ロケの様子が大正湯の写真とともに巻頭で紹介されていた。「カンヌまで行くかな」と、お茶目なおじいちゃんの言葉も。ロケ中は生活スペースを何時間も占領したり、真夜中までの撮影があったり、臨時休業までしていただき、ずいぶんご迷惑かけたと思うが、おかみさんもおじいちゃんもパコダテ人に巻き込まれたことを楽しんでくれているようで、うれしい。

映画祭ふたたび
■ひまわり保育園のロケ地となった駒止保育園を外から眺め(門がしっかり閉められていた)、ひかるのスカートがふわりめくれた谷地頭の電停(写真)に立ち寄り、ロープウェイ麓駅へ。主婦の瓜谷さんと午後から試験のゆうちゃんにお礼を言い、車を降りる。ミニ雪だるまを作って待っていると、前田監督、三木プロデューサー、あおいちゃん、マネージャーの小山さん、木下ほうかさんが到着。その前にオーディションで選ばれた函館の高校生、澤村奈都美ちゃんがパパ、ママ、叔母さん、いとこの女の子とともに元気な姿を見せ、もう一人の黒岩ま由ちゃんも札幌からママとともに駆けつけた。映画祭事務局のみなさんとあがたさんに再会する。あがたさんに会うのは二年ぶり。■『sWinG maN 』上映前に前田さん、木下さん、あおいちゃんが舞台挨拶。レストランに引きあげ、昼食。ゲスト参加の片岡礼子さんとお話しする。橋口監督の『ハッシュ』に主演されている女優さんだ。声を聴いて「『スモーキングタイム』(ギャラクシー賞に選ばれたNHK名古屋制作のラジオドラマ)の片岡さんですか?」と聞くと、そうだった。会社の踊り場でため息まじりに煙草を吸っていた主人公と、目の前の雰囲気がだぶった。オーディオドラマファンの間では、片岡さんはやたらと人気があり、「あの声はたまらない」と激賞されている。その話をしたら、「むっちゃうれしい!」と素直に喜び、「ラジオの仕事好きなんですよ。台詞一行でも飛んで行きますよ!」と身を乗り出した。真っ直ぐな人で好感が持てる。この人に『あて書き』でラジオドラマを書いてみるとしたら、どんな話がいいかな。

パコダテ人ふたたび
■平日の夕方なので、パコダテ人にどれだけお客さんが入るか気を揉んだが、上映前から長い列ができていた。大正湯のおじいちゃんと、大正湯ななめ向かいに住むカメラ道楽の吉田さんが、連れ立って見に来られていた。「しまった。今日はカメラをもってないや」と吉田さん。小山さんが挨拶したキレイなお姉さん二人組は、湯の川観光ホテルのフロント係の方。地元の女優さんかと思った。■関係者試写で二回見たので、これで三回目。函館で地元の人たちと見ているという感覚がまた新鮮。舞台挨拶では、わたしも前に出て、少ししゃべる。シナリオコンクールの審査員だったじんのひろあき氏が「普通だったら、こういう企画は映画化が難しいから、まず落とされる。よく形にしたと思う」とスピーチ。ほんとにそうだ。札幌テレビの 原さんが「良かったよー。泣いたよー」と握手を求めてきた。「家族の話あり、差別の話ありで、見応えあったよ」とほめちぎってくださる。
■長い間、「映画化作品が生まれないコンクール」だった映画祭のシナリオコンクール受賞作から、今年は一挙に二作品が映画化された。もうひとつの作品は、鵜野幸恵さん脚本の『オー・ド・ヴィ』。フランス留学中の鵜野さんは絵も料理もプロの腕前でソムリエの資格も持っているとか。そういう多才な面が作品にもうかがえる。監督は『洗濯機は俺にまかせろ』の篠原哲雄さん。「同じテツでも大人のテツと子どものテツです」と前田さんが監督対談で言っていた(写真はダブル"哲"監督)が、どちらも函館を舞台にしているのに、まったく違った印象の作品に仕上がった。監督のテイストの違いでもあるし、「見られる街・函館」が表情豊かな証拠なのかもしれない。主演の小山田さゆりさんがゲスト参加されていたが、すごくかわいい人だと思った。
■オープニング・セレモニーで、この日16才の誕生日を迎えたあおいちゃんに、サプライズがあった。ろうそくのついたバースデーケーキが運ばれ、『害虫』で主演女優賞を受賞したばかりのナント映画祭のトロフィーが手渡された。ロケ地の映画祭で主人公の年に追いつくなんて、神様が仕組んだ憎い演出みたい。
■ウェルカムパーティーでは、遺愛学園のロケのとき、一緒に電停で踊った女の子が「覚えてますよー」と声をかけてくれた。わたしもよく覚えていた。うれしい再会。いろんな人が「良かったですよ」と言ってくれ、こそばゆい。

田森君ふたたび
■昨日ほとんど寝ていないので、やたらと眠い。お酒が入るとコテンと寝てしまいそうなので、裏長屋(映画祭の常連の店)での二次会を断り、98年のシナリオコンクール授賞式で知り合った田森君と軽く食事することに。札幌に住む田森君は、受賞して以来、毎年雪道を徹夜で運転して映画祭に乗り込んでいる。今回も会えるかなと思ったら、やっぱり来ていて、宿まで同じだった。田森君の車で食事のできる店を探すが、まだ11時前だというのに、どこも開いていない。結局カリフォルニア・ベイビーに落ち着く。テキサスライス(だっけ?)とジュースのセットで1時間ほど映画について語る。同じ年に受賞したあとの二人、千葉君と千田ちゃんは元気だろうか。四人で再会したいねと話す。■宿に戻ると、ちょうど前田さん、三木さん、小山さん、ほうかさんが裏長屋から戻ってきた。「もう一軒行くぞ」と誘われ、三木さんが運転するレンタカーに乗り込む。ここでも店はなかなか見つからず、30分ぐらい走り回って、ようやく小洒落た飲み屋に入る。ナシゴレンとタイ風焼き飯を分け合う。■今回の宿は、インターネットで見つけたホテルリッチ函館。1泊3900円という安さに飛びついたが、期待はしていなかった。ところが、部屋は予想以上にきれいだし、必要な物はひととおりそろっている。歯ブラシも浴衣も懐中電灯もある。フロントの応対は丁寧で感じがいい。函館駅からも近く、おすすめ。


2001年11月29日(木)  2001年11月のおきらくレシピ

■2001/11/05 (月) 魚屋てっちゃんディナー
ダンナが珍しく平日休みをもらったので、夕方散歩がてら『魚屋てっちゃんの店』を訪ねる。ダンナの小学校の同級生一家がやっている店で、前々から行こう行こうと思いつつ、チャンスがなかった。ダンナとてっちゃんが六年ぶりの再会を喜んだ後、晩御飯のおかずに使う材料を品定めすることに。最初は「味噌焼きでもする?」と言っていたてっちゃんは、私がアサリを見て「ハマグリもいいわねえ」と言ったのを聞いて危険を察し、いきなり「刺身にしよう。簡単なのがいいよね」と方向転換。生ガキ(レモンつき)と刺身盛り合わせと味噌汁用のシジミを用意してくれた。ほとんど盛り付けるだけの超簡単ディナー。マグロもタイもイキがいいので歯ごたえからしていつもの刺身と違う。スパークリングワインをお供に、夢中になって平らげた。素材がいいときは、下手に加工しないのがイチバン。
【海鮮ディナー:素材が活きてる】レシピ省略

2000年11月29日(水)  10年後に掘り出したスケジュール帳より(2010/11/29)


2001年09月26日(水)  パコダテ人ロケ4 キーワード:涙

涙のモーニングコール ■朝五時半、湯の川観光ホテル前に戻ってくる。今日の撮影も夜からなので、加藤さん、小山さんと「昼にラーメンを食べに行こう」と約束。わたしたちは就眠モードだったが、石田さんは引き続き運転手モード。いつ寝ているんだろうか。ひと風呂浴びて、昼まで寝るぞと布団にもぐりこむ。朝日が射し込んでまぶしかったが、間もなく眠りに落ちた。だが……九時過ぎ、携帯電話が鳴った。<わたし「(寝ぼけて)モヒモヒ……」 電話「おはようございます。野村證券です」 わたし「ふわっ?(何の用だ?)」 電話「トヨタの転換社債が出るんですが、ご興味ありませんか?」 わたし「あの……今はべつに……」 電話「今じゃないと遅いので、結構です」と電話は切れた。なぜこんな早朝に、どうでもいい電話がかかってくるのか。気合いを入れ直し、二度寝を試みると、今度は部屋の電話が鳴った。わたし「もしもし?」 電話「おはようございます。そちらに掃除の者は行っておりますか?」 わたし「は? 掃除? (見回し)まだのようですが」 電話「わかりました。失礼しました」 掃除の人が行ったかどうか、他に調べようはないものなのか。すっかり寝る気をなくしたので、起きることにすると、掃除のおばちゃんが来た。部屋を片付けていただく間、廊下に避難し、部屋がきれいになってから戻る。しばらくすると、おばちゃんが戻ってきて、「失礼します。歯ブラシ取らせていただきまーす」と押し入れを開け、替えの歯ブラシを持って行った。見ると、予備の歯ブラシ、タオル、浴衣がギッシリあるではないか。後で聞いた話では、各階の一号室が「物置き兼連絡部屋」になっているようで、ヘアメイクの小沼さんも同じ目に遭っていた。小沼「朝食券の束もどっさりあったわよ」 わたし「すごいですね!」 小沼「でも、たくさんあってもしょうがないわね」 わたし「確かに……」 朝食券は『ビデオプランニング専用』のをご用意いただいている。


涙の準備中 ■せっかく早起きできたので、目覚めのコーヒーでも飲もうかと部屋を出る。朝食券を使っておかわりし放題の牛乳とコーヒーでカフェオレが飲めたら最高だったのだが、あいにく朝九時で終了。喫茶『はまなす』へ向かう。と、非情にも『準備中』の札が。「ただ今の時間はレストラン『イタリアントマト』をご利用ください」とある。もう十一時。ランチバイキングの時間だ。行ってみると、デジャヴのように松田美由紀さんがいた。そして、窓際の席には徳井優さん。昨日挨拶しそびれたので、自己紹介する。松田さんとテーブルに着き、コーヒーとサラダとフルーツを取る。松田「函館は初めてだったけど、昔の建物がよくきれいに残ってるなって感心した。こんなにいい建物が残ってるんだから、アートに力入れて欲しいわね。音楽とか映画とか」 わたし「函館にも映画祭あるんですよ」 松田「あら、そうなの? 芸術の街として育って欲しいわね」 それから話は、江差で食べたトウモロコシのことになった。 松田「もぎたて、ゆでたてで超おいしかった。ツヤといい、ふっくらした感じといい、自然のすごさを思い知るわね」 この人の「物事をエンジョイ するチカラ」には底知れぬものがあるし、それを表現するエネルギーもすごい。

涙の修行中 ■そこにドヤドヤと橋内さんたちが入ってきて、松田さんはそちらのテーブルに移動した。入れ違いに石田さんが隣のテーブルに来た。石田さんはCMの世界を飛び出してきた人だ。「映画を作る!」と宣言し、「タダで使ってください」と前田組のアシスタントプロデューサーに名乗り出た。「涙の」というのは石田さんが泣いているわけでは決してなく、「無給(&無休)でよくここまでやるなあ」と、見ているこちらが泣けてくるのだ。わたし「広告と映画は、やっぱり違いますか」 石田「違いますねー。映画のほうが断然、やること多いですよ」 わたし「人手が足りないってのも、あります?」 石田「大いにあります」 わたし「映画に飛び込んだのは、正解だったんでしょうか?」 石田「さあ……(長い間)……どうなんでしょう」 少なくとも、スタッフに「広告の同志」である石田さんがいてくれたことは、映画界新参者のわたしにとっては心強かった。石田さんの上司や同僚だった人がタイトルロールに石田さんの名前を見つけて、「あいつ、やるな」と誇らしくなるような作品になればいいなと思う。

涙のちゅらさん ■「一時にロビーで待ち合わせ」と約束したのに、加藤さんが現れない。電話しようかと思っていたら、加藤「(駆け寄り)ごめんなさーい。ちゅらさん見てまして」 わたし「ちゅらさん見たの? ずるい!」 加藤「泣いちゃいましたよ。まりあさんが、やってくれました」 わたし「うわー。悔しい」 加藤「てっきり皆さんも見てから来ると思ってました」 小山「私は五分前に来てました」 わたし「わたしは部屋にテレビがないんです」 タクシーに乗り込み、五稜郭をめざす。その正面にうまいラーメン屋があるという。

感涙の塩ラーメン ■ラーメンはめったに食べない(新横浜のラーメン博物館は例外)が、ご当地ものには弱いので、「地元住人も絶賛」というラーメン屋『あじさい』へ。塩ラーメン六百円を注文する。スープがぐいぐい飲める。通ではないが、これはウマイと断言していいと思う。窓からはラッキーピエロ五稜郭店が見える。これまでチャイニーズチキンバーガーを食べずして函館を去ることはなかったのだが、今回は前例を破ってしまうかもしれない。この後はイクラ丼を食さなくてはならないのだ。

悔し涙のイクラ丼 ■タクシーで次にめざすは朝市。運転手さんに「どこかおいしいお店ありますか」と聞くと、「こだわりの店だから黙って食えって言われてもねー。自分だけこだわってても誰も食べないよ」。ごもっとも。立待岬のほうにある『源』というラーメン屋はうまいとのこと。わたし「朝市に、わたしがイクラを食べられるようになったお店があるんだけど……」 小山「なんてお店ですか?」 わたし「何だっけなー。ジュディマリのサインがあった」 加藤「それは難易度高いですね」 わたし「『き』で始まったような……」 運転手「きくよ食堂じゃないですか?」 わたし「あ、それ、それ!」 タクシーを降り、きくよ食堂を探すと、あった! あろうことか、まさに店じまい中。鍵をかけたおばちゃんが「ごめんね。二時までなの。明日来て」。それは厳しい気がする。明日の朝、函館を発つのだ。仕方なく別の店へ。そこのウニ・イクラ丼もそれなりにおいしかったが、きくよ食堂で食べたときの雷に打たれたような感覚は味わえなかった。店が違うせいなのか、舌が肥えてしまったからなのか、確かめられなかったのが悔しい。
涙の発売中止小山さんは「ロケバスが出る前に戻らなくては」と、ひと足お先にホテルへ。タレントさんの体調や顔色をちゃんと確かめたいというマネージャー魂。わたしは見物に来ているけれど、彼女は仕事に来ているのだった。写真集を撮っている加藤さんも然りだが、撮影前に大正湯入りすればいいというので、ひき続きオフをご一緒することに。ジャケットにピンクのパコダテールを引っ掛けて歩くと、「しっぽ?」という視線を感じる。大好きな西波止場に着き、函館ヒストリープラザへ。パコダテールのようなシッポが売られているのを発見してはしゃぐ。フェリシモ郵便局でユメール君はがき(ポストの形をしたキャラクターの変形はがき)を買って送ろうとしたら、発売中止になっていた。『昭和七十三年七月三日』で大事な小道具として登場しているのに……書き直さねば。かわりに隣接の雑貨屋でクリスマス用ポストカードを買う。

涙のバナナシェイク  ■なんでも「涙」をつければいいというものではないが、なにげなく注文したバナナシェイクが思いがけなくおいしかった。カードを「どっかお店に入って書きませんか」という加藤さんの提案で、『カリフォルニア・ベイビー』に来ていた。『いつかギラギラする日』のロケ地になり、映画の中で派手に燃えていた店だ。気になっていたが、入るのははじめてだった。「おなかいっぱいで眠くなってきたので、コーヒーでも飲みましょう」と言っていたのに、なぜかバナナシェイクをグビグビ飲んでいるむわたしを、加藤さんは不思議そうに見ていた。それぞれの大切な人たちに手紙を書き、フェリシモ郵便局に戻って『クリスマスポスト』に投函。このポストに託された郵便は、クリスマスの季節に届けられる。三か月先のことはわからないけど、確実に起こる小さな事件は、今日函館で書いたクリスマスカードを五人のひとたちが受け取ること。

涙のインタビュー ■大正湯に着くと、撮影前の腹ごしらえの真っ最中。ボランティアスタッフの大内裕子さんが差し入れてくれたたい焼きに飛びつき、スイカをぱくつくわたしを、「まだ食べるんですか」と加藤さんは信じられない目で見ていた。ふと、一人で椅子に掛けている徳井優さん(写真左から2人目)が目に留まった。この人の言葉を聞けるのは今しかない、という気がして、おそるおそる話しかけてみた。わたし「あの……出演していただき、ありがとうございます。じつはわたし、『Shall weダンス?にエキストラで出たんですよ」 徳井「そうだったんですか?」 わたし「徳井さん、すぐそばで、声、張り上げてました」 徳井「へーえ」 わたし「あの映画、前田さんも関わってましたし、奇遇やなあって思ってます。(自分の大阪弁に気づき)あ、わたし、引越のサカイの堺出身なんです」 徳井「ああ、堺ですか」 わたし「今回の話、途中からお父さん役は徳井さんを意識して、あて書きみたいになってたんですけど。前田監督が、徳井さんならこういう言い方するとか言って、わたしも、徳井さんにこんな仕草させたら面白いかなとか考えて。徳井さんがこの役に、なんか思い入れとかあったら聞きたいんですけど」 徳井「そうやねえ」 わたし「あ……いきなり思い入れって言われても、アレですね……」 徳井「……」 わたし「……」 話題を変えようかなと思ったそのとき、徳井「僕ね、会ったことない腹違いの姉が二人いるんです」 わたし「え?」 徳井「戦後すぐに幼くして亡くなってしもたんやけどね」 わたし「ええ」 徳井「そのこと、ずっと忘れとったっていうか、どっかに置いてたんやけど、この夏頃ぐらいから考えるようになって。僕には、ほんまやったら、お姉さん二人おってんなあって。そしたら、年頃の娘が二人いる役が回ってきて……親父がまっとうできなかった部分を自分がまっとうするんやなあって思ったんです。(台本を)二回目読んで、やっぱりそうやなあって思いました。役者として、そういう重ね方をしました」。びっくりした。震えた。この話を聞くために函館に来たんだと思った。函館に来て、大正湯の前で、お父さんの衣裳の徳井さんと向き合わなければ聞けなかった言葉だろうから。「函館は、ほぼはじめてですけど、この街は作品の雰囲気にマッチしてますね。このロケーションやからファンタジーになるんでしょうね。同じ本でも、東京が舞台やったら、違う話になったと思います」「お風呂屋さんの役は、はじめてですね。どんな役をやるときも、職業の匂いを出せたらっていつも思ってます。ちゃんと見せたい。けど、番台に座ればお風呂屋さんに見えるのか。たたずまいをどう出そうか、考えましたねえ」「怒る芝居は、ちゃんと怒ろうと思います。ちゃんと怒ると笑えるんですけど、中途半端やと、狙いが見え過ぎて、引かれてしまうんでね」。徳井さんは、印象深い言葉をたくさん残して、出番に呼ばれて行った。

ご近所さんの心遣いに涙  ■六時過ぎから大正湯脱衣場で撮影がはじまる。今日は表の撮影はないので、コインランドリーは営業している。お向かいさんは蕎麦屋さん。手打ち麺と手作りのつゆで、スタッフの間でもおいしいと評判。日野家の食卓の話題にも登場する。連日のロケが営業妨害になってなかったか気がかりだが、「ああ、はじまりましたか」というご主人の声は温かい。「今日はこれから出かけませんので」と家の中に消え、「二階のカーテンも閉めときますね」。間もなく二階のカーテンが、すっと引かれた。余計な光が漏れては撮影の邪魔になるという心遣いなのだろう。

おかし涙の大蔵省君 ■小内さんが「大蔵省君に会いました? 面白い子ですよ」と紹介してくれた。大蔵省君こと若狭君は、大蔵省をやめて役者になったので、芸名を『大蔵省』という。「キャリア組じゃないですよ。最初は税務署に入って、国税局、国税庁と出向先が移って、最後が大蔵省だったんです」と大蔵省君。「どんどん出世してない?」と言うと、「この法則に当てはめると、パコダテ人は出世作になりますよ」。彼はいつもビデオカメラを構えているので、メイキング係なのだと思ったら、もともと函館スクープの稚内役で出演していたのだという。東京乾電池の役者さんたちと立ち上げた劇団『下北沢ノーテンチョッパーズ』の主宰なのだ。若狭という名前に聞き覚えがあったので、「もしかして、三木さんにゲットされた?」と聞くと、図星だった。わたしはゲットされた瞬間を目撃していた。ビデオプランニングで本直しをしていた横で、三木さんがかけていた電話を再現すると、「もしもし、若狭君? ひさしぶり。なあ、ヒマやろ? な。函館行きませんか? 涼しいですよ。もちろんタダで。映画の撮影やねんけど、出演とお手伝いしてもろて。金はないけど飯は出しますんで。ええ話でしょ? じゃあそういうことで。(と受話器置き)一人つかまったでー」。三木さんの強引な釣り方にも驚いたが、速効で食いついた若狭君なる人物にも驚いていたら、こういう人だった。わたし「役作りで、やったことは?」 大蔵省「キャラづけに前髪を極端に短くしました」 わたし「監督は何て言ってた?」 大蔵省「お前は動きがヘンだとほめられました」 ほめられたのだろうか。やっぱりヘンだよ大蔵省君。

2000年10月23日 『パコダテ人誕生秘話』

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