ねろえび日記
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| 2003年07月20日(日) |
「薄荷キャンディー」Full ver. 初聴き |
こちらの地方では昨夜(0時は過ぎてたけど)ミューパラでフルバ−ジョンかかりました。 ロマンチックで綺麗な楽曲で、二人のハモリとか掛け合いとか、光一さんの"命がけ(?)の高音部分"と"いっそファルセット部分"はゾクゾクモノだし、剛さんの歌い方も感じよくて、とても好きです。
ただ、私が日参する掲示板にも書き込みしたのですが、2番の冒頭の歌詞が引っ掛かりました(天文関係の事象を確認していただいてありがとうございました) 「薄荷」に続いて「三日月と星」も稲垣足穂ワールド(長野まゆみ、鴨沢祐仁とは言わない、もっと源流)で好きなイメージなのですが、北極星の横に三日月が並ぶなんてことはありえないですよね。フツー、三日月と並んでいる星は、宵の明星(金星) まぁ、「北極星」のほうが「薄荷」のイメージに合ってるような気はしますけど。キーンと冷たくて、青、水色、白、透明など寒色系のイメージ。 詩の世界は何でもありってことなのかなぁ……でも釈然としない。 松本隆さまには申し訳ないけど、この間違いは下手したらバカかと思われてもしょーがないかも(気にならない人には気にならないのかしらん?) こんなことがと〜っても気になるワタクシです。 せめて2番でよかった、世間的な露出が少ないし。
今日の朝日新聞に伊集院氏と剛さんのインタビュー(写真付き)「書くこと、描くこと」と本の広告がほぼ全面サイズで掲載されていました、すげー。すぐに確保。裏には宿敵(←「うたばん」以来勝手にそう思っている)はなわ(敬称略)が載ってました。
今夜の「元カレ」は野球中継が延長されて時間がずれる可能性があるのですね。「堂本兄弟」とかぶってしまうかも? げ〜どうしよう〜。無事視聴&録画できたら、感想は今夜遅くか明日の日記に。
出版記念展、見に行きたかったです。 7/17付の日記で、盛り下がったことを書いていたのに? はい。何でもいいから剛さん関連のイベントに行きたいというよりも、原画を見て確認したい気持ちになったからです。 どんな素晴らしい絵画でも現物と印刷物には雲泥の差があります。芸術作品の絵画とは異なり、印刷を前提としたイラストは印刷物が原画と同等かそれ以上のレベルを保持するのが理想だと私は思うのですが、やはり原画の持つ力も大きいと思うのですね。で、原画を見ても私の印象は同じなのかなと、ふと思いまして。
剛さんの活動のほとんどを溺愛、盲愛しているのに、なんで絵だけはシビアに見てしまうのかと言いますと、剛さんの中でも他のジャンルとはレベルが違うし、私の中でもレベルが違うからなのです。 剛さんの音楽は、周囲に教えてくれたり刺激を与えてくれる存在もあるし、本人の入れ込み方も熱心なのでそれなりのレベルに日々進歩していると思います。芝居についても、本人の意識は音楽とは多少異なるかもしれませんが、やはり周囲の環境、本人の素質ともに恵まれていると言えるでしょう。絵については、音楽、芝居とはかなり事情が違うのではないかと考えています。
で、私のほうはといえば、音楽と芝居のことは詳しくないのですが、絵についてはそれらよりは少しは親しみが深いです。といっても、学術的にも実技に関しても正規の美術教育を受けたわけではなく、現場主義の叩き上げでしかないのですが。だから、剛さんが正式に勉強したわけでもないのに……という引け目みたいなものを感じている気持ちも何となくわかります。感覚(センス)も大切だけど、子どもが描いたようなゆる〜い絵でも実は作者は超絶技巧の持ち主だったりするわけで(正規の美術教育を受ければいいというものでもないのですが)
ともあれ、仕事と趣味で数多くの絵画に現物や印刷物で接してきて、学術的な専門知識、体系だったことはすぐに忘れてしまったのですが、感覚的な面で蓄積したことがあるし自分なりの好みも確立してきました。そのため、余分に口煩いのかと。芸術作品とイラストは違うやろと思いつつも。
とはいうものの、剛さんには自由に好きなようにどんどん絵を描いていってほしいです。いつか、326(中村)でもみつを(相田)風でもない(ま、今でも剛さんらしいといえばらしいのだけど)ワタクシがどひゃー参りましたという絵を描いてくれるのではないかと夢見ております。それもまた楽しみ。
剛さんの作る最近の楽曲は、ヘンな乙女くささ、イタさを払拭した作品も作れるようになったのに、書くものと描くものには、まだまだたっぷりこってりなのは、どうしてか。まだまだ後者は「作品」ではないからなのかも。ある意味それだけ生な剛さんなのだわなぁ……。
何故、好みじゃないの一言で済まされないのか。愛してしまっているからなのねぇ(やれやれ……)
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