あたろーの日記
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| 2006年02月23日(木) |
夜中にクッキー焼く家は。 |
旧暦1月26日。 実は昨夜帰宅後すぐに、朝から水に浸しておいた玄米の文化鍋をコンロにかけて、強火でゴトゴトさせたあと弱火にして、25分後に火を止めなきゃならないので腕時計を確認してからパソコンに向かって日記を書いたり、本読んだりちょこちょことなんか書いたりしているうちにすっかり鍋のことを忘れてしまった。そのうち、ぷうんと香ばしい匂いが漂ってきたので、こんな夜中近くにクッキー焼いてる家があるのかしらん、と鼻をひくひくさせながらも机に向かっていた。で、そろそろ寝よう、と、トイレに行くために台所に通じる戸を開けて、ぎょっとした。鍋がぱりぱり言ってる!!!ひょええっ!クッキーじゃないよ、ウチの米だよ!慌てて火を止めたけど、鍋が滅茶苦茶怒っていたので怖くて蓋を開けることが出来ず、そのままにしておいて、今朝恐る恐る開けて、鍋をひっくり返してみたら、周りが茶色に焦げてしまった円筒形の硬い玄米ケーキが落ちてきた。・・・切り分けておじやにするしかないかな。 昨夜は会社の社食で残業食を食べたので、自宅で夕飯ではなかったのだけど、朝から水に浸した米に匂いが出ないうちに焚いてしまって、翌朝の朝ご飯とお弁当に使おう、と思って火をつけたのですが・・・。お腹空いてこれからご飯、というわけでなかったので、綺麗さっぱり忘れてしまったのですね。ああ反省。25分どころか1時間半以上火にかけてしまった。今度からタイマーをセットします。
また実を言うと、このところ、自分の仕事能力の無さに自信をなくしてしまって、もう何度も考え直して来たことだけど、やっぱりそろそろ職場を変えよう、今の仕事やめよう、と決心して、まだごく一部の友人にしか打ち明けてなかったのだけど、そっとマニュアル作ったり書類整理始めたりしていた。今の派遣先にはもう6年もいるのに、未だに仕事をスムーズにこなし切れてなくて、ミスも多いし、新しい種類の仕事も増えてくるし、残業しすぎるのもちょっとしんどいし、帰宅してからも仕事の悩みが頭から離れなかったりするし。毎日いろんなことに追われるようにして時間が過ぎていくのに疲れてしまって。だから、自分のためにも、会社のためにも、私の代わりにもっと能力のある人がこの仕事につくべきだ、と思って、ここ最近は、やめるつもりで気持ちの整理もしていたのだけど。 今日、上司含めて数人の人がミーティングを開いてくれて、チームのメンバーとの連携と業務の効率化を図ることによって、私の負担を軽くできないか話し合ってくれた。ほんとうはミーティングの話があったとき、やめるつもりになっていたので、内心、困ったなどうしよう、と思ったのだけど、まず正直に、退職を考えていることを話し(初めて仕事の話しながら人前で泣いちゃった)、励まされて、いろいろ話し合って・・・もう少し頑張ってみる気持ちになった。 私ってほんとに、謙遜じゃなくて、ほんとに、事務処理能力がない。あたふた慌てながらなんとか片っ端から処理していって、あとでミスに気づいて真っ青、ということも多い。6年間続けてきて、ITの世界に自分の体温が合わない、というのも感じる。経理処理の仕事が中心だけど、数字が苦手、というのもある。だけど、何度かやめようと思いながらも続けて来れたのは、職場の人間関係がもの凄く良いからというのが一番大きい。前の派遣先でもいい人達に恵まれていたけれど、今いるところは規模も大きく沢山の人達に囲まれていながら、人間関係で悩むことがなく、それどころか、いい仲間に恵まれすぎていることに感謝している。小さなコトに時々かちんと来ることはあっても、いつの間にかそれも忘れてしまい、次に顔を合わせたときはやっぱりこの人もいい人だな、と思える。毎日何十人何百人の人とすれ違って言葉を交わすけど、今の職場で嫌いな人が1人もいない、どころか、誰とも離れたくない位好きだ、というのは、私にとって財産だと思う。隣近所の席の人、部内の人、同じフロアの人、掃除のおばさん、守衛さん達、ビルのコンビニの店員さん、社食の人達、出入りの業者さん、やめるとなったらもう会うこともなくなると思うと、この数日間、それも辛くて悩んでいた。今の職場をやめたら、もう、こんなに仲間に恵まれた職場には出合えないんじゃないかと思う。たぶん、今、やめるとなったら、名残惜しくてボロ泣きしてしまいそうなので、それも辛いので、もう少し頑張ってみようと思う。改善できるところは一緒に改善していこうよ、って言ってくれる仲間がいる職場なんて、そう得られるもんじゃないですよね。そういう職場環境に自分がいることに感謝して、自分の心構えを改めたいと思います。後ろ向きになりかけていた自分を反省。
旧暦1月25日。 朝6時ちょっと前に目が覚め、布団から手を伸ばして携帯電話のテレビをつけたら、ちょうど荒川選手がリンクに出てきたところだった。それから村主選手まで、ずーっとテレビを見てしまった。モーグルの上村選手で感動して、カーリングの小野寺選手に感動して、最後はフィギュアで感動。フリーの演技も楽しみだなあ。 確かに今回のオリンピックは日本のメダルが今のところゼロで、もしかしたら全然ないまま終わるんじゃないかなんて言われてるけど、メダルゼロでもいいじゃん、って思う。金メダル取れれば嬉しいけど、取れなくても仕方ないんだからあんまり選手を責めないで欲しいなあ、なんて思う。だって一番悔しいのは選手本人なんだし。それに、日本にメダルがないということはその分他の国の誰かが手にして喜んでるんだから、それならそれでもいいような気がする。 これまでのオリンピックで最も印象に残っているのは、カルガリー大会のフィギュアスケートで5位に入った伊藤みどり選手のフリーの演技です。「フライングウーマン」とあだ名される通りの高くスピード感溢れるジャンプで、他の上位の選手以上に観客を魅了して、テレビの前の視聴者も釘づけにして、とうとう、メダリストだけが出演するはずのエキシビションにまで特別に出て、おおいにオリンピックを盛り上げたあのスケートは、今思い出しても鳥肌が立つくらい凄かった。あの演技、もういちど見たいなあ。 オリンピックでメダルを取れればそれはそれで素晴らしいけど、メダルを取れなくても、見た人の心に一生残る選手もいるわけで、見ているこちらとしては、だから、そういうドラマや感動のほうをより期待してしまう。
残業して、そろそろ帰ろうとしていたら、職場の人達とバカ話で盛り上がってしまった。笑いながら、ちょっと心の中でしんみり。どんなに仲間に恵まれていても、いずれはみんなとお別れしなければならない、と思うと。どんな人とも、いつかは会えなくなる。血を分けた肉親であっても。気の合う友人でも、どんなに好きな人でも。 職場の仲間とうまくやっていけても、ずっとそのメンバーで仕事を続けていくわけにはいかない。環境はいずれ変化する。どんな変化であっても、自分がいろいろ経験して成長するためにある。ものごとを肯定的に捉えて自分から変化の波に乗る、という気構えも、時には必要だと思う。 でも、出会いの数と別れの数が等しいのが人生だと思うと、辛いもんだな、という気がする。
帰宅途中に寄ったコンビニで、雑誌『ターザン』をぱらっと立ち読み。今号は私に関係あるテーマばっかりだ。特に「眼」。最近眼精疲労酷いです。パソコンを長時間見ているのはもう限界に来てます。『ターザン』読んでて、ぎょっとした。ド近眼から網膜剥離ですか。。。あんまり意識してなかった。自分より視力の悪い人はいないだろーなんて周囲に自慢(?)してる場合じゃないですね。やばい。もっともっと眼を大切にしなければ。
旧暦1月24日。 ここ10日ほどお酒飲んでない。この前の土曜に行った中華街でも、もっぱらウーロン茶とプーアール茶だったし。今夜も残業は1時間ほどで切り上げて、遅くならないうちに帰宅。お風呂上がりに近所の居酒屋の赤提灯に、どれほど心惹かれたか。。。しかし、ぐっとこらえて素通りする。なんだか偉いぞ、最近。 別に酒断ちしているわけではないのですが、お酒を飲んでしまうと、そのあとの時間を有効に使えないので。自分ではしっかりしているつもりでも、飲むと飲まないとではやっぱり頭の働き具合が違う。時は金なり。
最近食卓にのぼって嬉しいのは菜花のおひたし。と、旬さば(冷凍の)。夜帰宅して、朝から水につけておいた玄米の鍋をすぐ火にかけて、ご飯を炊く。ご飯の鍋がゴトゴト騒ぎ出すまでにさっさと部屋着に着替えて台所に駆け戻り、弱火にして、炊きあがるまでの間、菜花を茹でたり冷凍庫から出したサバを焼き始めたり、味噌汁作ったり、あと納豆の葱刻んだり。このところ、焼き魚と青菜の辛子醤油和え、きんぴらごぼう、納豆に具だくさんの味噌汁、と玄米、そういうシンプルな組み合わせに最高の幸せを感じるようになった。味の好みがちょっと変わってきたのか、昔のように、ハンバーグとか、焼き肉とかを、ジャアジャアと喜んで作ることが少なくなってきた。 一時、マクロビオティックにも挑戦してみたけど、何度か挫折して、諦めた。というのも、肉魚卵乳製品を摂らないマクロビオティックは私には無理だと分かったので。子供の頃から肉や魚が大好きでせっせと食べてきたので(母の実家は魚屋で、父方の祖父は漁師だったし)、今更食べるのをやめるのはしんどい。だけど、玄米はここ数年食べ続けてきて、もう白米だと物足りないと思うくらい好きなので、玄米を中心に、気持ち玄米菜食寄りの、魚肉も食べたいだけ食べる、という方向でやってます。卵も牛乳も、なんといっても私、休日の朝フレンチトーストが無性に食べたくなったりするので(笑)。食べたいものを食べたいだけ食べる、という食生活ですが、基本として大切だなと思うのは、自分の住む土地で採れたものを中心に食べる、ということじゃないかな、と最近特に思います。自分も足元の土の一部なんだから、自分と同じ風土で育った食べ物を、皮をむかず(玉葱とか牛蒡は別として)、アクも含めて全体を食べるのがいいのかな、という気がします。この辺りはマクロビオティックで学んだことです。米も精米してない玄米を食べるのと同じように、野菜も、皮をむかず、まるまる全体を食べる、人間の身体がいろんな部分の組み合わせで全体を形作っているのと同様に、作物だって部分だけを食べるのではなくて、皮も葉もなるべくなら根も食べてこそ、その野菜全体としての恩恵をもらえるんんじゃないかな、と思って、なるべく捨てる部分が少ないようにと包丁を使ってます。最初、人参や大根の皮をむかないで調理するのにドキドキしてたのが、今では当たり前になって、むしろたわしでゴシゴシ土を落としてすぐ切り鍋に放り込めるんだから、いちいち皮をむいていた頃に比べると格段に調理のスピードが上がりました。なんと言ってもラクだし。 と、なんで今日は食べ物の話つらつら書いちゃったんだろ。。。と、そうでした。夕ご飯があんまり美味しかったから満足しちゃったんであります。
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